Q9.首相の靖国神社参拝は、何が問題?

A.「政教分離原則」違反を許してはいけない
2001年の8月は、小泉首相の靖国神社参拝が大きくクローズアップされました。小泉首相が「8月15日の戦没慰霊祭の日にいかなる批判があろうと必ず参拝する」とくり返し明言し、これにたいして内外から批判の声があがりました。結局、小泉首相は、内外からの強い批判を受けて8月15日に参拝することは取りやめ、
8月13日に参拝しました。また今年にはいって4月21日に参拝、韓国の金大中大統領や中国の江沢民国家主席から激しく批判されました。

 では、首相の靖国神社参拝は、何が問題なのでしょうか?
靖国神社には、1978年から、A級戦犯も祀られるようになりました。したがって、こんにち首相が靖国神社に参拝するということは、侵略戦争に国民を動員した当時の指導者にたいしても「敬意と感謝の誠をささげる」ことになります。しかし、ドイツやイタリアでは、首相(大統領)が、ヒトラーやムッソリーニを追悼することはけっしてしません。それは、かつての植民地支配と侵略戦争を誤りと認め二度とくり返さないという立場に立ち、当時これを積極的におしすすめた指導者の戦争責任をけっして免罪しないからです。ヒトラーやムッソリーニに「敬意と感謝の誠をささげる」ことと同様の意味をもつ首相の靖国神社参拝は絶対に認められません。

 では、A級戦犯を合祀からはずせば首相の靖国神社参拝は問題ないのでしょうか?
それは違います。なぜなら、そもそも靖国神社自体が戦前・戦中に果たした役割を不問に付すことはできないからです。靖国神社は、戦前・戦中、陸・海軍両省の管理下におかれ、天皇を現人神とする国家神道の中心として位置づけられたところです。出征(つまりアジア・太平洋諸国にたいする侵略)にあたっては戦勝を祈願し、戦死者は「英霊」として祀られ、その母親は「靖国の母」として讃えられました。そのことによって、「お国のため」に命を捨てることが本人、家族にとって名誉であるとされたのです。つまり、当時の戦争指導者が侵略戦争に国民を動員するための戦意発揚の手段として活用したのが靖国神社なのです。まさに、靖国神社は侵略戦争のシンボルです。
しかも、当時は神道が国家の宗教とされることによって、これに従わない他の宗教は激しい弾圧を受けました。現行憲法で「政教分離の原則」(憲法第20条)を謳っているのは、このような国家による宗教を利用した国民統合や弾圧を2度と許さないためなのです。
 だからこそ、かつて侵略された国の人々や、他宗教の信仰をもつ人々が首相の靖国神社参拝にたいして激しく反対しているのではないでしょうか。

国家が個人の死に意味づけを与えてはいけない

 靖国神社の場合、「英霊」として祀られているのは、「軍人、軍属、およびこれに準ずる者」です。つまり「国のための任務を与えられて亡くなつた」と判断された者のみに限られています。それは、戦前・戦中はもとより、戦後のこんにちでも変わっていません。したがって、戦争で亡くなつたすべての人が祀られているわけではありません。たとえば、空襲で亡くなつた方は祀られていません。また、戦争中、戦争に反対して投獄され官憲の凄惨な拷問によって殺された人も祀られてはいません。

 つまり、「国のために」とはいっても、国のために侵略戦争に協力して亡くなった人のみを祀っているのです。しかも、侵略戦争に協力したとはいっても、ほとんどの人たちは、当時の戦争指導者によって、戦争に征くことを強制されたのです。
このように、当時の国家体制に従って(従わされて)亡くなつたと判断された者のみが「英霊」として祀られている、つまり、死者を差別し選別して祀っているのが靖国神社なのです。このような靖国神社に首相をはじめ国会議員などが参拝することは、個人の死にたいして国家が意味づけを与えることであり、けっしてしてはいけないこ
とです。なぜなら、人の″死に様″は、同時にその人の″生き様”でもありますから、国家が個人の死に意味づけをすることは、誰からも侵されるべきでない個人の内面に国家が介入することになるからです。

私たちが死者を追悼することと、首相や国会議員が靖国神社に参拝することは意味がまったく違う
 すでにガイドライン関連法が制定(1999年5月)され米軍の軍事行動に自衛隊ばかりでなく自治体や民間も協力することになりました。有事法制定の動きもすすんでいます。これらの法律で想定されているのは戦争です。
つまり、これから日本が行う(かもしれない)戦争にむけて、国民に「国のために命を捨てる」ことは「名誉なこと」という意識をつくる。そのために、小泉首相はあくまでも靖国神社にこだわり参拝を強行したのだといえます。
 「死者を追悼するのは当然」といわれると、「そうかな」と思わされ、首相の靖国神社参拝に反対することが、あたかも死者を冒漬する人でなしであるかのような感覚をもつ人もいるかもしれません。しかし、私たちが死者を追悼するということと、首相や国会議員が靖国神社に参拝することとでは意味がまったく違うのです。国民みんな
が「国のために亡くなった人に敬意と感謝をあらわすのは当然」と考えるようになることはきわめて危険なことです。

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