120名余集い、4時間以上にわたっておおいに語る!
「改憲ではなく憲法の実行を! アフガン戦争と日本、有事法を語るつどい」を開催
(2002年2月24日 京橋プラザ区民館多目的ホール)


会場の京橋プラザ区民館多目的ホールには、120名余の市民が集まり、午後二時の開会から実に四時間以上にわたって活発な議論を行い、有事法制と憲法「改正」のための国民投票法案の今国会での成立を何としてでも止めようという意志を培いました。

この「つどい」の発言をお伝えします。

−−プログラム−−−−

1.主催者挨拶 弓削 達さん(反改憲ネット21世話人)

2.基調講演 小澤 隆一さん(静岡大学教授)

3.有事法制・憲法改悪・日本の参戦についておおいに”だべる120分
<発言> 
津惠 正三さん(航空労組連絡会副議長)
久保田 眞苗さん(憲法を愛する女性ネット代表)
相原 龍彦さん(憲法擁護・非核平和を進める中野区民の会)
川田 正美さん(民主主義と平和憲法を守る文京連絡会代表)
片岡 豊さん(日本国憲法をくらしに生かす会事務局長)


<コメンテーター>
川上 暁弘さん(専修大学大学院博士後期課程)

4.集会アピール

5.まとめの挨拶
元山 俊美さん(反改憲ネット21世話人)



主催者挨拶 
われわれは命をはって言うべきことを言わなければならない――弓削 達さん

弓削)私がここでご挨拶することを頼まれている理由は、黒崎さんと最初からご一緒にやっているということでありまして、病気の時をのぞいて大体この会にきております。病気といいましても、このごろは年をとりまして何もない所で転ぶんですね。それで、いまもまだ骨にひびが入っています。
 ところで、この私のような年寄りのところにですが、実は昨日、こういう手紙が来ました。これは実はテロなんですね。「おまえがしゃべるのは良くないからやめろ」「やめないと脅すぞ」という内容の手紙です。これはテロですね。私以上に、私の予定を知っているんです。もしかしたら、手紙の主が、ここに来ているかもしれませんね。
 実は私は、1990年に、天皇の代替わりの時に「大嘗祭」に反対して、やはりテロの攻撃を受けて自宅にピストルを撃ち込まれたことがあります。いまも、そのくらいのことはやるだろうと思っています。私みたいな年寄りにたいしても、テロは見落とさないで攻撃をしようとしているわけです。こういう時代に入っているということですね。いま、日本という社会はこういう社会になっている。おそらく、この集会も、いま政府がやろうとしている様々な軍事的な準備に反対しているわけですから、私の一つのつながりと見られている。そういう意味で、われわれは命を張って言うべきことを言わなければならない。ここに来られた方々は、どうか自分の命を張っているというぐらいのつもりで真剣に考えていただきたいと思います。

基調講演 
「有事立法と憲法改正国民投票法案の問題点」――小澤隆一さん(静岡大学教授)


小澤)ご紹介いただきました静岡大学の小澤です。お手元にあるレジュメに沿ってお話しします。与えられたテーマは、有事立法と「憲法改正国民投票法案 」の問題点についてです。おそらく今国会で出てくるであろう、この二つの法案の問題点について、みなさんと一緒に考え、そしてこれら法案のどこが大変な問題なのかということについて認識・理解を共有していきたいと思います。
 ご存じのようにブッシュ大統領が日本にきて、なんと小泉さんと一緒に明治神宮まで行った。小泉さんは、流鏑馬(やぶさめ)を一緒に行っただけでしょうが、あのとき石原慎太郎・東京都知事はどうしたんだろうかと、私は静岡にいて非常に気になりました。東京都民の方で知っている方がいらっしゃいましたらお教えいただきたいと思います。新聞報道によりますと、ブッシュ大統領は石原都知事に出迎えられて参拝した、と。じゃあ石原さんが一緒に参拝していれば、これは小泉さんがやっちゃいけないことを彼がやったということになるわけで、都知事も首相もともに公務員でありますから、「政教分離違反」となります。これは余談ですが…。
 ともかく、ブッシュ大統領が明治神宮参拝を行って、都民のみなさんも非常な迷惑を被ったと思うのですが、まさに有事立法が先取りされたかのような検問がありました。そして、ブッシュ大統領が何をしゃべっていったのか。彼は「われわれは機会をとらえて行動を起こす」と、テロとの戦争をさらに継続し、拡大すると言ったわけです。そして、国会で演説をいたしまして、「われわれは前進プレゼンスを確約する」といいました。気をつ
けていただきたいのは、この「前進プレゼンス」というのは、日本に前進してきて日本を守ることを確約するということではありません。アメリカが言う「前進プレゼンス」というのは、中東、あるいはもっと先を見据えたことでありまして、その前進基地として日本を使うということを「確約」するということです。
 このかん有事立法について、日本政府は、日本が武力攻撃を受けたときのための法制としてこれをつくるのだと、あるいは、有事とは直接には関係ないとされている「不審船」の問題とか、そういう有象無象を理由として、ともかくも日本が危なくなった時にこれをつくるのだ、と言っています。しかし、ブッシュ大統領は日本に来て、一言もアメリカ軍で日本を守るのだと言ってはいないのです。そのアメリカ軍の行動の円滑化に資するために有事立法がつくられようとしていることは一体どういう意味を持つことなのか、ここのところを、私たちはもっともこだわらなければならないと思います。
 それともう一つ、「憲法改正国民投票法案」の問題ですけれども、これはなんと現在、衆議院憲法調査会の会長をやっている中山太郎氏が会長を務めている「憲法調査推進議員連盟」が上程を準備しています。「調査」を「推進」する議員連盟の会長ということですから、憲法調査会の会長と両立するのかもしれませんが、憲法調査会というのは調査のための会ですから、その会長というのは本来、中立の立場で会を運営し憲法調査しなければならないはずです。ところが、これは今までそういう法律がなかったものを新たにつくるということではありますが、改憲の条件づくりであることは間違いありません。この法案の中身と問題点についてもお話しします。
 きょうは、この二本の柱でお話ししたいと思います。 

有事立法は、憲法九条のもとでは存立し得ないもの

小澤)最初に有事立法についてですが、まず、戦後の日本においてこれをつくる動きがどのようになされてきたのかについてお話しします。
 そもそも、憲法第九条のもとで、有事立法は存立し得ないものだと、私は思います。憲法九条は〃戦争を放棄した〃〃武力も持たない〃と謳ったものですから、そのような戦争も武力も前提としない憲法のもとで、武力を使って有事に対処することはおよそ想定していないわけです。ところが、安保条約が締結され、自衛隊がつくられ、という中で、少しずつ少しずつそのような九条の体制が破られていった。しかし、有事のための法制は、こんにちに至るまで体系的に整備されてきませんでした。
 たとえば、軍隊のために強制的に土地を収用する制度はありません。「土地収用法」という法律がありますが、この法律には、軍事目的で土地を収用するという規定はありせん。米軍については「特措法」によって制度がありますけれども、自衛隊の土地を獲得するために土地を収用することはできないわけです。ですから、たとえば茨城の百里基地のように、農民と契約して土地を購入するしかない。ですから、「私は売らない」という人が出てくれば、自衛隊の滑走路は「く」の字に曲がらなければならない。滑走路が「く」の字に曲がってると飛行機を飛ばすことはできません。実際のところは誘導路です。「く」の字に曲がった誘導路が百里基地にはあります。
 それから、日本には包括的な国家秘密法がありません。先頃の自衛隊法の「改正」で部分的にできましたが、このような様々な有事法制の不整備というのは、憲法九条がある中で、そして国民が九条にもとづいて平和運動を続けてきた中での大きな成果であるわけです。安保条約が結ばれ、自衛隊がつくられたということはありますが、いままで有事立法がなかったということは、憲法九条があることによる非常に大きな国民にとっての利益であり、平和運動の成果であったわけです。それがいま崩されようとしているのです。 
 
戦後日本における有事立法
1.「三矢研究」から始まった有事法制研究
小澤)戦後の有事法制の研究は1963年の「三矢研究」から始まりました。これは防衛庁の中で秘密裡に行われたとされているものです。二年後の六五年に社会党(当時)の国会議員がこれをすっぱ抜きまして、当時の佐藤栄作首相がびっくり仰天して「そんな研究を防衛庁の中でやってるのは由々しきこと」と、言わざるを得なかった。それで、当時は結局、防衛庁が「これは防衛庁としての正式な研究ではない」とごまかしました。「三矢研究」というのは、そういう代物ですが、この「三矢研究」によりますと「朝鮮有事」が勃発する、そうすると在日米軍は当然朝鮮にでていく、その米軍が出ていくのに呼応して日本において有事法制を一挙につくってしまおうという、こういうことが防衛庁の内部、いわゆる「制服」の中だけで画策されたわけであります。87本の法律を、たった二週間で国会で一気に通してしまおうということが、シミュレーションされています。戒厳令や国家総動員法のような戦前の法律が、こういうことをやるにはそれらの法律を参考にしようと、全部一覧表にされていたのがこの「三矢研究」です。しかしこれは、ちょうど安保闘争の後でもあり、まだまだ平和にたいする声が強い時代でしたので、国会でも暴露されると「そんな研究はやっていない」、あるいは「公式のものではない」と逃げざるを得なかったのが、当時の政府です。
 
2.「旧ガイドライン」(1978年)と有事法制研究
小澤)その後、78年に今の「ガイドライン」の前の「ガイドライン」が締結されました。これと前後して、当時の統合幕僚会議議長だった栗栖弘臣という人が、「有事立法がない今の状況では自衛隊は合法的に出動できない。超法規的に出動するしかない。だから有事立法を早くつくってくれ」と週刊誌で発言しました。この発言で彼は、当時の金丸信・防衛庁長官によって首を切られました。しかし、この時は「三矢研究」がすっぱ抜かれたときとは違って、政府の方が〃確かに有事研究は大事だ〃ということで、栗栖発言を引き取るかたちで有事研究を正式な研究に格上げをさせました。それが、「旧ガイドライン」ができた頃です。この「旧ガイドライン」は、その中身をよく見ますと日本が武力攻撃を受けた場合、すなわち日本有事が柱というかたちになっています。当時はまだソ連がバリバリがんばっていた頃です。翌七九年にはアフガニスタンにソ連が侵攻しましたが、北からソ連が日本に侵攻してくるのではないかと、「北の脅威」がまことしやかに言われてい頃でした。「有事」といえば「日本有事」だと考えられていたわけです。そういうものとして「旧ガイドライン」は組み立てられていました。
 その中では、たとえば「秘密保護」を日米両軍がやっていく、米軍の情報が自衛隊から漏れたら困るから、自衛隊もちゃんと秘密保護するのだということが取り交わされていました。それと「兵站協力」、「後方支援」ですね。「後方支援」についてはそれぞれが自前で行うのが原則だけれども、しかしそれで間に合わないときにはお互いに融通しあいましょうという取り交わしがなされています。
 ここで注目しておきたいのは、日本有事の際には、原則はあくまでもそれぞれが自前の補給でまかなう。それが足りなくなったときに初めて融通しあうとなっている点です。米軍は日本有事の時に米軍の物資を自衛隊に融通するなどと、およそ考えていない。できることならやりたくない。だから78年の「ガイドライン」の段階では、自前で「兵站支援」をやるのがまず原則、それで足りないところは融通するという約束になっていました。アメリカはもともと78年の時もそうでしたが、それ以前から、日本を防衛するために日本に基地を持つと考えていません。もっとその先、アジア、中東というものを常に視野に入れて日本の基地を動かしているわけです。日本を防衛するための自分たちの負担をなるべく軽くしようというのがアメリカの考え方です。それが78年の「ガイドライン」の中にも如実に現れています。
 
3.アメリカ軍支援のための有事立法を、という流れの中で準備された「新ガイドライン」(1997年)
小澤)それが、97年の「新ガイドライン」、「周辺事態法」の前提となった「ガイドライン」だとどうなるか。こちらの方は「日本有事」は78年の「ガイドライン」で検討済みだからこれ以上つっこんで検討しないとした上で、むしろ大事なのは「周辺有事」、朝鮮半島有事やあるいは中国・台湾関係がこじれた時だということで、そちらの方に話を持っていって、そちらの日米協力をすすめていこうとしたわけです。
 この「新ガイドライン」では、「秘密保護」は政府をあげての秘密保護となっています。78年の「ガイドライン」では、米軍と自衛隊はお互いの秘密について保護しあう、確保しあう、秘密の保全に努めるとなっています。ところが九七年になりますと「日米両政府は秘密保護に努める」となりまして、秘密保護をする主体が政府にまで格上げされました。これはどういうことかといいますと、「新ガイドライン」になりますとアメリカ軍にたいする支援は自衛隊だけではなく、政府すべての機関、行政機関をあげて協力する。さらに自治体や民間も動員する。これは自衛隊の中だけで秘密を保護していたのでは間に合わない。政府が国民にたいして罰則付きの秘密保護法を定めなければ間に合わないのだと考えるようになったということなのです。これが九七年の「新ガイドライン」の段階です。
 そしてこの「新ガイドライン」では、米軍が日本にたいして「兵站支援」することはおよそ想定していない。自衛隊が米軍にたいして「後方支援」をすることが専ら書かれている。古い言葉ですが、自衛隊が「ミツグ君」や「アッシー君」になる、そういうことだけが想定されているのが「新ガイドライン」です。七八年の「旧ガイドライン」の段階では、想定が日本防衛でしたから、アメリカは日本にたいする「兵站協力」はケチっておいて、九七年になりますと「周辺事態」、アメリカがアジアで起こす戦争に日本を協力させるわけですから、自衛隊による米軍への全面的支援をかちとるために、支援の大々的なメニューをつくったわけです。
 この「新ガイドライン」によって、日本によるアメリカへの支援がどういう意味を持つかというと、一つ注意深く見ることのできる資料として、レジュメに掲げておきました『日米同盟』という本があります。これは一九九九年にアメリカで出版されて、一昨年に日本でも勁草書房から翻訳が出ています。これは「新ガイドライン」をつくったときに安全保障官僚がシンポジウムを行って発表した研究成果をまとめたものです。つまり、「新ガイドライン」作成の協力者たちがつくったものです。その中で、クローニンとマイケル・グリーンが共同で書いた論文が非常に興味深いです。
 ちなみに、このグリーンという人は、今回ブッシュ大統領と一緒に日本に来ています。彼は現在、国家安全保障会議の日本部長だそうです。クリントン政権時代もクリントンさんに仕え、ブッシュ政権になっても大事な人間ということなんでしょう。政権をまたがって仕えている。それだけアメリカの対日政策に深く関与しているという人なのでしょう。
 このグリーンさんも執筆している論文の中で、民間空港の使用、あるいは電波の周波数の調整による軍隊の支援が日本に求められている、これらは改憲を待てない、改憲を待たずにやるんだと本の中で語られています。「新ガイドライン」にもとづく「周辺事態法」では、民間や自治体にたいして様々な協力を要請していますが、これが強制的な義務づけとしての協力になりますと憲法を変えて堂々と軍隊にたいする国民や企業の協力、義務を定めないとできません。ところが、改憲を待たずに民間空港の使用や電波の周波数の調整などを定める法制を日本でつくれ、と彼らは言ってきたわけです。
 そして次の指摘が非常に興味深いのですが、「日本が『ガイドライン』にもとづいて行動がとれるなら、朝鮮半島の緊急事態に対応するために、アメリカが日本に配備している医療、軍事警察、兵站用の部隊を削減し、予算の緊縮を行うことが可能だ」、と書かれています。日本が「新ガイドライン」にもとづいて協力してくれれば、米軍は医療スタッフや軍事警察、兵站用の部隊も減らせるというんですね。そして、実際にも軍事警察については、昨年改正された「自衛隊法」でちゃっかり入っているんですね。「テロ対策」を口実にして自衛隊によって米軍施設を守るというものです。しかし、どういう場合に自衛隊が米軍施設を守るのかという要件が非常に緩いですから、かなりの場合に米軍を自衛隊が警護することができる。そのことによって、米軍は自分たちの軍隊をミリタリー・ポリスで守る必要がなくなった、安上がりなのです。それと医療も、日本の病院を使うことができるならこんなに安上がりなことはない。米軍の兵士をアメリカまで送り届けるより日本の非常に高度な医療技術を持った病院を使えるならこんなに楽なことはない、というふうに考えて「ガイドライン」はつくられ、そしてそれにもとづいて「周辺事態法」が定められているということです。
 このかんの有事法制の問題を考える上で大事なものとして、一昨年の「アーミテージ・レポート」がしばしば紹介されております。その中で書かれていることは、要するに「ガイドライン」や「周辺事態法」以前から着々と準備されていたものです。アメリカ軍を支援せよ、そのために日本は有事立法をつくれ、という流れの中で準備されてきたものです。こういった経緯の中でとらえることができるのではないかと私は思います。
 
なぜ、いま有事法制か?
 それは戦争に国民を強制的に動員するため

小澤)さて、このような有事法制の経緯をふまえた上で、なぜ今、さらにより強力な有事法制をつくろうとしているのかということを考えたいと思います。
 まず、「周辺事態法」が99年に制定され、この中で「自治体にたいする協力は国はこれを求めることができる」と明記されていますが、この求めにたいして自治体が応じるか応じないかは自治体の自由、強制ではないとされました。あるいは民間にたいしては「協力を依頼することができる」と、「求める」ではなく「依頼」という言葉を使って、民間にたいする協力要請はもっと緩いのだと、そういう言葉を使って、これは自治体や民間にたいする強制法律ではないから通させて下さいといって、99年に「周辺事態法」が成立したわけです。もちろんそれでも、自治体が断れないことがあるじゃないか、あるいは、民間企業も協力要請を受けた場合に労働者は業務命令で拒否できないじゃないかという問題があります。ですが、ともかくも、義務づけ立法ではないということでつくられたのが「周辺事態法」です。
 ところが、自治体にたいして義務づける、あるいは、自治体や政府を通じて国民にたいして義務づけをするという目的でつくられようとしているのが、今回の有事立法です。レジュメの裏側に、今回つくられようとしている有事立法の政府がつくったイメージ案がありますが、その中の「総則的規定」のCに「国と地方自治体の関係」が出ています。従来の「周辺事態法」では地方自治体に強制できないとなっていたものを変えようということで、自治体にたいして強制できるような法律にしようということです。あるいは、個別の法令でもって、レジュメに「自衛隊の行動の円滑化」とありますが、この中に「自衛隊法」の改正がありまして、これがかなり有事立法の中でメインになってくるかと思います。その中で、物資の収用や土地の使用、業務従事命令などを定めるということは、まさに国民にたいして土地をよこせ、建物をよこせ、使わせろ、あるいはこういう仕事につけ、医者・看護婦はその配置につけということを義務づけることになる。そういう中身になっています。
 しかも、今回の有事法制は、「周辺事態」以外の場合も含めてこれらを定める可能性がおおいにあります。「周辺事態」そのものも、事態の状況によって変わりうるという非常に曖昧模糊とした説明になっていますが、今回の有事法制の議論の中で政府は、「『周辺事態』を前提にしてそれを補う」と言っています。日本が武力攻撃を受けた場合を主としつつも、「武力攻撃に至らない段階」も含めて有事法制を整備するのということを言っています。「武力攻撃に至らない段階」というのは、「周辺事態」が起きていようが起きていまいが、もっと前の段階からも有事法制として国民にたいして義務づけをすることを想定していることになります。しかも、「日米安保体制の信頼性を強化するために有事法制をつくる」と言っていますから、そして日米安保体制のもとでアメリカは中東や様々な地域に出ていって、例えば、アフガニスタンにたいする空爆のような活動をしているわけですから、そういったものをサポートするために、「周辺事態」をさらに越えて、日本が協力する。しかも、それに国民や自治体の協力が強制的に義務づけられるということです。
 
有事法制の問題点は何か
小澤)さて、有事立法というのは、このように大変な中身の法律でありますが、次に、これをどう批判していくかという点について述べます。時間の関係で簡単にお話しします。
 まず、この有事立法はいったい何のための有事立法かということです。アメリカの戦争の支援のために、そしてその支援を国民や労働者に義務づけるものではないかということを徹底的に明らかにしていくことが当面大事なことです。おそらく、有事立法の法案が出てくれば「これは日本を武力攻撃から守るもの。日本国民の生命や安全を守るのは国としての義務なのだ。その国が生命や安全を守るためにやる活動を国民が受認するのは『公共の福祉』の名において許されるのだ」と、こういう議論を政府が様々にしてくるでしょう。しかし、日本を守るとか、日本国民の生命や安全を守るのではないところから明らかにしていくことが大事です。そのような「有事」にたいして、国民生活に様々な不利益、権利侵害がかぶってくるということです。それから、こういう議論をやっていくと、おそらく、「この法律はそういう問題だと分かったけれども、本当に日本が攻められたらどうするのだ? 反対派は『けしからん、けしからん』というが日本が攻められたら何も考えないのは無責任だ」ということがあると思いますが、日本国憲法は有事にたいしてどう対処しようとしているのか、どういうスタンスをとっているのかも考えておく必要があると思います。「不審船」の問題でも、そういった議論がでてくると思います。
 その場合に、まず第一に指摘しておかなくてはいけないのは、「不審船」の問題は今回の日本政府の有事法制の中でも番外におかれています。そもそも、あの問題は、海上保安庁等々の法整備によって対処をできるようになっていますので、今回の有事法制とは別問題です。「不審船」の問題はあくまでも有事立法の問題とは無関係の問題で、国民に有事立法を納得させるための雰囲気づくりの問題だと考える必要があります。
 それから第二に、日本国憲法の「有事」にたいする対処の仕方ですが、日本国憲法は「有事」に際しても民主主義や人権をないがしろにしてこれに当たるということはしない、という立場をとっています。アメリカでは、いま「有事」だとしてどんなことがされているか。「反戦Tシャツ」を着て登校した高校生が停学させられたり、あるいは予防拘禁として何百人もの人が拘束されている。あるいは盗聴されている。こういった状況は、アメリカは「自由と民主主義の国」だと言っておきながら、「ただし有事は除く」「ただし戦時は除く」という「ただし書き」を持っている国なんです。そういう「自由と民主主義の国」が、ああいった状況になればいったいどれだけ国民にとって息苦しい社会、国になってしまうのかを私たちが見るにつけ、その息苦しさを国民にたいして押しつけない、有事に際してもあくまでも自由と民主主義を掲げながらこれに対処することを日本国憲法は選択していると考えるべきだと思います。
 
国民投票法案の問題点

小澤)最後に、「国民投票法案」の問題について触れます。
 まず、この問題を考える原点として、なぜいま「国民投票法案」がだされているのか、そこを問うことです。それはとりもなおさず、なぜ今までこの法律が制定されてこなかったのかをしっかりつかむことです。「憲法改正のための国民投票法」がないということだけを取り上げれば、法の不備といいますか欠陥ということになります。かつて1953年に自治庁(のちの自治省)が、そのような法案を準備したことがありましたが、国会に提出されることはなかった。憲法「改正」というと、戦後一貫してテーマになりつづけてきたのが九条改憲問題です。ですから、このような法律をつくることは、9条改憲に直結することを意味しましたから、このような法をつくることをおくびにも出すことができなかった。これが、事柄の本質だと思います。
 昨年4月18日に参議院憲法調査会の参考人質疑で、私は平野貞夫議員(自由党)から質問を受けました。この法律(国民投票法)がないというのは法の欠陥ではないのか、それを憲法学者はどう考えるのかと質問されました。その時にも、いま述べたような趣旨のことを答えました。要するに、戦後一貫して9条改憲問題が問題となっている中では、つくろうにもつくれなかったわけです。憲法調査会では、そもそも改憲勢力が政治の主流をなしてきたからだという趣旨のことも述べましたが、それにたいして平野さんからはさらに反論めいたことはありませんでしたから、そういうことなのだと思います。
 
1.発議の方法が決まっていない
小澤)次に、今回出されようとしている「国民投票法案」の問題点について指摘しておきます。
 まず、憲法改正を発議する場合の発議の方法をどうするか、ということについてです。例えば、九条改憲と環境権を抱き合わせたかたちで提案されて、両方をまとめて○か×をつけろと言われると、たぶん私たち困ってしまうと思うのですね。一つ一つについて○×をつけるのか、一括して○×をつけるのかでは、結果も異なってきます。ですから、この発議の方法をどうするかは非常に重要な問題なのです。しかし今回の法案ではこういうややこしい問題は先送りだとしているんですね。そんな馬鹿な話はないと思うのですが、非常におざなりな法案なわけです。
 それから、改憲が国民によって支持されたかどうかの判断は、有効投票の過半数で判断するとされています。有効投票というのは、例えば賛成の人は○、反対の人は×と書いて下さいとされたら、その通りに記入した票のことです。白票は無効になります。○か×の票のみが有効とされるわけです。そうしますと、例えば、総投票数に占める有効投票数の割合がどんなに小さくても○が×を上回れば可決ということになってしまう、極端な話、1000万人くらいの賛成でもって可決といったことも起こってしまいかねないのです。
 
2.改憲案に対する意見表明が厳しく規制されるおそれ

小澤)それから、憲法改正の国民投票の際に、当然、国民の中からいろいろな意見が出てきます。そういう意見を表明したり交換したりすることになります。ところが、この法案は、そういう活動やマスコミの報道にたいして、現在の公職選挙法をそのまま横滑りさせて適用するとされていますから、厳しい制限規定を設けています。確かに、選挙の時はマスコミ報道、例えば「私たちは誰それさんを支持します」、あるいは「支持しません」という意見広告などを全面的に解禁にしてしまうと、人を選ぶ選挙ですからゴチャゴチャになって選管の取り締まりがきかない状況になる可能性があります。ですから、そのへんはある程度の規制は必要かもしれません。しかし、憲法改正国民投票の場合は、問題はこの憲法を変えるか変えないかという政策の問題です。それについては、どんなにたくさんの意見が日本社会で広まってもいいことはあっても悪いことにはならないと思います。ところが、国民投票法案では、例えば、「虚偽を記載し事実を歪めて記載するマスコミ報道はだめだ」とあります。「虚偽を記載」とか「事実を歪め」るというのはどういうことか。改正案はこういう問題があると書いて、国会の多数派が「いや、そんなことない」といったら事実を歪めたことになるのか、ということが問題になります。また、この法案では意見広告は出せないことになっています。しかし、「私たちはこういう観点から問題があると思います」という意見広告を出すことがなぜ許されないのかという問題もあります。このように、様々な問題点があります。
 
3.まともな審議もなくつくられた法案

小澤)このように、上程されようとしている法案自体に様々な問題点があるわけですが、同時に、今国会ではこの法案を議員立法で出してしまおうとしているという問題があります。
 これまで議員立法でつくられた法律は、中には良いものもありますが、非常に問題の多い法律ばかりです。この法案は、その中の最たるものではないかと思います。
 「憲法改正のための国民投票法案」というのは、憲法付属法律と理解することができます。憲法付属法律というのは、具体的には、公職選挙法や財政法などがありますが、例えば、公職選挙法という法律は、国民主権を前提にして国民の選挙権を具体化するために、憲法に直に密着した、憲法を具体化する、そういう憲法に付属する法律です。このような憲法付属法律のような重要な法律をつくるときは、その法律をつくるにふさわしい手続きを踏まなければならないわけです。例えば、選挙制度改革の問題なら政府は「選挙制度審議会」という審議会をつくってずっと審議を重ねて、その結果を出すわけです。現在の問題点の多い小選挙区制度も、「選挙制度審議会」でかなり長いこと議論をやったあげくに出てきたものです。ですから、手続きを踏めば良いということではありませんが、今回の国民投票法案は、そのような手続きすら踏むことなく、小泉人気にあやかってドタバタと議員立法でつくろうとしているわけです。この点からいっても、この法案が、いかに問題の多いものであるかということが分かると思います。

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