120余名が集い、イラク派兵・有事法制の実施、憲法改悪に反対!
イラク派兵・有事法制の実施を許さない9・20大集会全発言

(9月20日(土) 板橋区文化会館・ 大会議室)

  

  主催   :日本国憲法をくらしに生かす会
       民主主義と平和憲法を守る文京連絡会
       テロ特措法・海外派兵は違憲市民訴訟の会
       憲法擁護・非核平和を進める中野区民の会
       改憲とあらゆる戦争法に反対する市民ネットワーク21

イラク派兵は事実上の多国籍軍参加――イラク派兵の問題点を剔る 
この日の集会のメインプログラムであるパネルディスカッションでは、最初に三人のパネリストが問題提起。松尾高志さん(ジャーナリスト)は、小泉政権が年内にも強行しようとしているイラク派兵が事実上の多国籍軍参加にほかならないことなど、イラク特措法・イラク派兵の問題点を中心に提起されました。
 次に福岡眞人さん(全日本海員組合政策教宣局長)は、アジア・太平洋戦争で6万2000人もの犠牲を生みだし、二度と戦争に加担しないことを誓って戦後いち早く結成した海員組合の歴史にも触れながら、働く者の平和と安全を脅かす有事法制・イラク戦争を絶対許してはいけないと反対してきたことを明らかにされました。
 そして、野崎彩さん(戦争への道を許さない北・板橋・豊島の女たちの会)は、市民としてのこのかんのイラク反戦の取り組みについて、「UFO(ユーフォー)」の替え歌「ユージホー」の披露も交えてお話しされました。

市民・労組が力を合わせて、イラク派兵・有事法制実施・改憲阻止を! 
つづく会場全体でのディスカッションでは、「中野ピース・ナウ」の若者が東京都中野区で若者を中心にイラク戦争反対のピース・ウォークやピース・ライブを行ってきたことの紹介を中心に発言され、参加者との交流をはかりました。また、会場から「国連決議があがれば日本のイラク派兵を容認する人が増えるのではないか」とか「日本政府が1423億円の概算請求をだしているMD構想の問題点は何か」とか「『国益』をどのように考えるのか」などの質問・意見が出され、活発な議論になりました。松尾さんからは、「国益」という言葉を使ったはじめての首相が小泉であり、外相が川口であることを指摘しつつ、「国益=国家益」と「国民益」とは同じではないのであり「『国益』のために」と国民が動員されることの危険性を明らかにされるとともに、一部の国に「拒否権」が与えられていることに端的なように国連自体が大国主導のシステムになっているのであり、国連を評価する主張があるが、賛成はできないと発言されました。
 議論は尽きませんでしたが午後四時過ぎ、集会アピールを参加者全体で確認した後に、締めくくりのあいさつを尾形憲さん(テロ特措法・海外派兵は違憲市民訴訟の会代表)が行って閉会しました。
 こうして今回の集会では、こんにちイラク派兵・改憲に向けた動きがいよいよ高まっているにもかかわらず、これにたいする反対の声が必ずしも大きくあがっていない中、市民・労組が力を合わせて運動を大きく盛り上げていく新たな出発点となりました。


集会で採択したアピールの全文はこちらから御覧ください

プログラム
 主催者あいさつ  佐々木順二さん(日本国憲法をくらしに生かす会代表)
 パネルディスカッション
  1. 問題提起
・松尾 高志さん(ジャーナリスト)
         ・福岡 眞人さん(全日本海員組合・政策教宣局長)
         ・野崎  彩さん(戦争への道を許さない北・板橋・豊島の女たちの会)
  2. ディスカッション
 閉会あいさつ  尾形  憲さん
(テロ特措法・海外派兵は違憲 市民訴訟の会代表)

※以下はつどいにおいての全発言を記載したものです。<1>          < 1    >

主催者あいさつ
いよいよ運動は正念場、「憲法改正」・侵略戦争への日本の加担を阻止しよう!
――佐々木順二さん
(日本国憲法をくらしに生かす会代表)

佐々木)
こんにちは。雨の中、大勢の方にお集まりいただきまして、まず最初に五団体を代表してお礼を述べたいと思います。先ほど大震がありました。東京23区では震度3か4だそうです。9月3日には、日本の政治の象徴である国会議事堂に落雷がありました。何かを象徴するような自然現象です。

 きょう9月20日は、ブッシュ米大統領が、不当、不法にもイラク侵略戦争を開始した3月20日からちょうど半年です。しかも、5月1日にブッシュ大統領が「戦闘終結宣言」をしてから4ヶ月を経過しています。にもかかわらず、いま砂嵐と瓦礫の中でイラク人民が抵抗しています。しかも米兵の死亡者は百名を超えているといわれています。そういう状況の中で、ブッシュ大統領とブレア英首相の支持率は急落の一途をたどっています。これは何を物語っているか。いかに大量破壊兵器を持ち、軍事力にものをいわせて他国を侵略しても、物事は解決しないということです。小泉純一郎首相にたいする国民の批判が、ブッシュ大統領とブレア首相にたいする厳しい批判と同じような規模・性質で向いていないことは、私は非常に残念に思っています。

 きょうは自民党総裁選が行われますが、私は大きい関心を持っています。候補者四人とも、「憲法改正」――私たちにとっては憲法改悪ですが――を主張しています。しかも、11月中には総選挙があると言われています。そのことから、今日の9月20日の大集会というのは、憲法改正や、他国の侵略戦争に加担することを阻止する、さしあたってはテロ特措法の延長阻止とその廃止、そしてイラク派兵の阻止の声をあげるものです。それから、衆議院選挙が行われるとすれば、憲法改悪を進める政党とその候補者は当選させないという国民投票になるわけです。憲法改悪に賛成するような衆議院議員が、国会議席の三分の二を超えるような当選は絶対避けなければいけない。やはり憲法を現実に生かす勢力の増進を図らなければならないと、私は思います。

 きょうはお忙しい中、ご出席のパネリストのみなさんを始め、大勢の会場におられるみなさんに感謝を述べて、主催者を代表しての簡単なあいさつに代えたいと思います。どうもありがとうございます(拍手)。

パネルディスカッション

1. 問題提起

「イラク特措法」の問題点――松尾高志さん(ジャーナリスト)

松尾)

松尾です。よろしくお願いします。私は「イラク特措法」の問題点について三点ほどお話ししたいと思います。まず、「イラク特措法」の中身について、法律に沿って簡単に申し上げます。

 「人道支援活動」と「安全確保支援活動」の二つを行うことになっています。誰がやるかというと、国家公務員と地方自治体の職員や民間の中から政府職員として採用して派遣する、それから自衛隊がやるというものです。
 法律でのこれらの目的というのは、かなり幅広い意味で色々なことをやるように聞こえますが、それが必ずしも目的ではないと思います。やはり自衛隊を派兵することが一番の眼目です。アメリカの要求もそうですし、日本政府の方もとにかく自衛隊を出すとしています。それに色々な要素をまぶして、組み立てているのがこの法律だと思います。

 「安全確保」にたいする自衛隊の行う「支援活動」というのは何か。いまアメリカ軍は、イギリス軍やポーランド軍など多国籍軍でイラクを軍事占領しています。この軍事占領活動を、「イラク特措法」では「安全確保」の活動だというのです。この多国籍軍の軍事占領活動を支援するということが、「安全確保支援」の中身です。自衛隊は、給水などの「人道支援」もすることとなっていますが、基本は占領軍にたいして「支援」するのです。具体的には「医療、輸送、保管(備蓄を含む)、通信、建設、修理もしくは整備、補給または消毒(これらの業務にそれぞれ付帯する業務を含む)」です。石破防衛庁長官は、「イラク特措法」を「メニュー法」あるいは「枠組み法」と呼んでいます。その意味は、法律に書いていることを全部行うのではなく、メニューを並べて、この中から現地の米英軍の要望に応じて支援するというものです。

 上記の、自衛隊が行う「支援」活動は、軍事活動の分野でいえば兵站作戦です。自衛隊は「後方支援」と呼んでいます。これは戦闘行動そのものではないのですが、もし、これがなければ戦闘行動が続けられないという性格の活動です。あるところで私が兵站について説明したら、サラリーマンの奥さんが次のように言いました。「私たちが兵站ね」。ご主人は戦闘部隊で会社に戦闘に行くわけですが、帰ってきて食べて、休んでというのがなければ戦えません。だから、私はその奥さんに「そうです」と申し上げました。ですから、広い意味で兵站がなければ戦えないということです。

アメリカの対テロ戦争への参戦――自衛隊のイラク派兵の意味<1>
松尾)
こういう軍事行動を自衛隊がイラクで行うことの意味は、二つあります。一つは、アメリカは9月11日のテロに対応して「対テロ戦争」を始めました。アフガニスタンにたいして「不朽の自由作戦」、イラクにたいして「イラクの自由作戦」という軍事行動を行っていますが、これはまだ終結していません。イラク派兵は、このようなアメリカの「対テロ戦争」に参戦するという意味をもつのです。

 対イラク戦争は、5月1日にブッシュ米大統領が「主要な戦争は終わった」と宣言しましたが、その後、独立記念日の演説では「いまだ戦争状態にある」と言いました。アビザイド中央軍司令官――彼は戦争の実質の責任者ですが――が記者会見で次のように言いました。「イラクでは古典的なゲリラ型の戦闘が米兵にたいして行われている」「われわれの軍事用語で言うと、これは、低強度紛争だが、That's war」―「これは戦争である」、と。

 戦闘による米兵の死者は、「戦闘終結宣言」以降、76人にのぼりました。戦死者の総数は、戦闘中の138人を超えて、139人になりました(8月26日現在)。だから二日に一人死んでいることになります。一日に十件以上、テロ攻撃があるという数字になります。これがイラクの現状です。負傷者の数は、なかなか米軍は発表しませんでしたが、9月の段階で1200人を超えると言っています。イギリス軍の兵隊も、他の国の軍隊も何人か死んでいます。

 しかしイラクの民間人の死者についてはいっさい統計がありません。アメリカは統計をとる意思がありません。イラクの保健省が、統計をとっていましたが、占領軍がこれを発表するなと8月に指示しました。この段階で、保健省は、14州のうち4州だけの数字で1500人以上が死亡したという数字を出していました。民間団体が、報道をベースに「ボディー・カウンティング」をやっています。それによると、8月時点で、6000人から7800人の民間人が死んでいます。5月1日以降では、2000人から2600人の死者がでています。このように軍人だけではなくて、民間人も依然として被害者が出ています。イラクはそういうゲリラ戦の状況です。アメリカは、ゲリラ戦はティクリート(バグダッドの北)の「イスラム三角地帯」で起こっているだけで、あとは平和だと言っていますが、どこで何が起きるかわからない状況です。それにたいして占領軍は、「治安維持」ということで対ゲリラ作戦を行っています。その中に自衛隊が入って兵站支援するわけです。

軍事占領への直接参加――自衛隊のイラク派兵の意味<2>
松尾)
もう一つの点は、米英軍がイラクを軍事占領している段階なので、自衛隊が占領に直接参加するということになります。
 「イラク特措法」を、これまでの流れの中でどう考えたらいいのかを述べます。自衛隊を、日本から外に出し始めたのは、湾岸戦争のあとでした。ペルシャ湾に掃海艇部隊を派遣しましたが、これは自衛隊法を根拠にしました。機雷の掃海が出来るとした自衛隊法ではどこで活動するかを書いていないので、これはどこまでも行けるということで出しました。その後、「PKO法」ができて国連平和維持活動への参加が可能となりました。ただし、自衛隊を派遣する際には、停戦が合意され、なおかつ両当事者の合意があること等が条件となっており、平和を維持するために行くという建前になっていました。

 ところが、アメリカのアフガニスタン攻撃の際に、自衛隊が米軍を支援するためには「PKO法」は使えませんでした。だから「テロ特措法」をつくったのです。この時に、自衛隊を表に出す出し方を変えたわけです。当事者の合意も国連決議もいらない、戦争中でもかまわないということで派遣する、ただ後方支援だけだから可能だということで派遣したのです。この時、アメリカは「日本は戦後初めて現在進行中の戦闘行動=コンバット・オペレーションにたいして協力をした」と評価しました。自衛隊が具体的にやったことは、米軍の日本国内の米軍基地間とグアムまでの空輸の肩代わりを航空自衛隊がやりました。もう一つは、海上自衛隊がアラビア海へ行って洋上燃料補給をしました。米軍の戦争行動への兵站支援として油を提供したのです。どのくらいの量を提供しているかというと、だいたい海上自衛隊の年間消費量以上のものです。

変質する日米同盟
松尾)
「イラク特措法」では、さらに進んで戦地に自衛隊を出すというように変わるわけです。実質上の多国籍軍参加の方向へ動いてきています。イラクに自衛隊を派遣する根拠は、やはり日米同盟です。問題なのは、日米同盟という同盟概念が現在変質しつつあることを見る必要があります。冷戦の最中は、仮想敵国にたいしてともに戦うというのが同盟というものでした。「テロ特措法」以降の同盟というのは、敵概念が変わりまして、仮想敵国・ソ連が崩壊したので、「テロ」と「テロ支援国家」にたいする戦いへと変質しました。だから当然同盟のあり方も変わってきます。同盟国が外国に出ていって共に戦う、これが新しい同盟概念になるわけです。ブッシュ政権下での初めての「国防報告」(2002年)で、次のように述べられています。
 「国防戦略はアメリカの同盟とパートナーシップを強化して、新しいかたちの安全保障を発展させることができる」「同盟の基礎となっているのは、一国家はその国外での効果的なパートナーシップと取り決めに進んで貢献できることができて初めて国内が安全である。こういう認識を持つことが新しいかたちの同盟である」と。

 「テロ特措法」にもとづいて、海上自衛隊が派遣されていたので、フロリダ州タンパの米中央軍に連絡将校として大塚一等海佐(大佐)が勤務していました。彼が外務省の広報誌「外交フォーラム」のインタビューに答えて、これからの安全保障のトレンドは、「同盟・プラス・コアリション」だと言っています。彼によれば、「同盟」というのは「条約にもとづき義務を伴う」、つまり条約にもとづいて条約に書いていることをやるというものです。しかし今は「同盟・プラス・コアリション」という要素が入ってきている、と大塚一佐は述べています。「コアリション」は、「特定の任務・目的に対する自主参加型で、一定の期間を限った枠組み」である、と。よくブッシュ政権の戦略が「この指とまれ同盟」「有志連合」と呼ばれています。イラクにたいしてもNATOという同盟を動員せずに、イラク戦争について賛成するものは「この指とまれ」ということで、率先して攻撃してコアリションを組みました。「有志連合」は英語で言えば「コアリション・オブ・ウィリング」(coalition of the willing)です。

 タンパにある中央軍司令部の敷地の中にコアリション・ビレッジをつくっているそうです。各国からコアリションに参加するものは連絡将校を出してきて、ここで調整をします。アフガニスタンの時は海上自衛隊からタンパのコアリション・ビレッジに将校が行っていた。イラク戦争にはフランス、ドイツなどが反対したから、アフガニスタン戦争のコアリション・ビレッジとは別のところにコアリション・ビレッジをつくったと言っています。そういうかたちで新しい戦争、同盟というものが進んでいます。その中に自衛隊が組み込まれていく、あるいは能動的に参加するというのが現在の自民党政権の政策です。

特措法から恒久法へ――いつでも・どこでも海外派兵を策す日本政府

松尾)
これまで政府は、アフガニスタン戦争の時には「テロ特措法」、イラク戦争の時には「イラク特措法」というように、特別措置法をそれぞれつくって対応してきました。しかし、そんな行き当たりばったりの方法ではなくて、国連決議や停戦の合意があるかないかに関係なく、多国籍軍として自衛隊を派遣できるような「恒久法」を政府はつくろうとしています。内閣官房は8月1日に、この法律をつくるための準備室を立ち上げて、法律案作成の作業に入っています。法案は早ければ来年の通常国会、遅くとももう一つ先の通常国会に提出すると報道されています。その流れの中に、「イラク特措法」があることをとらえる必要があると思います。

 自衛隊の主要な任務は、自衛隊法第三条に規定されている「間接侵略と直接侵略」に対処することだとされており、自衛隊を海外に出す場合には、自衛隊法の雑則の中の第100条に足していきました。それを政府は、これからは自衛隊を多国籍軍に参加させることを自衛隊の主要な任務に格上げしようとしているわけです。2002年度の『防衛白書』でも自衛隊の海外貢献が「自衛隊の主要な活動の一つになったといえる」(三〇一頁)と書かれていますし、防衛庁では、内々では海外での軍事協力のための部隊を特別編成することが検討されています。

初の陸・海・空統合部隊編成
松尾)
イラクへの自衛隊派遣について、二つ特徴があります。一つは、これまで自衛隊を海外派遣する場合には陸、海、空各自衛隊をバラバラに出していたのですが、今回は初めて統合部隊を編成して派遣します。法律上は統合部隊を編成できるとなっていますが、実際に編成したことはありませんでした。防衛庁では、自衛隊を統合運用するという方針が決まっていて、これまでの自衛隊の指揮・運用を抜本的に変えて、統合の司令部をつくろうとしています。統合幕僚会議議長というのは陸海空幕僚とだいたい横並びで、統幕会議の議長だということになっていましたが、陸海空幕のそれぞれのオペレーションのセクションの幕僚をひきぬいて、全部統幕に一括し、ひとり統合幕僚長(仮称)のみが防衛庁長官を補佐し、自衛隊の運用についてはここに一元化することを可能にしようとしているのです。その統合軍化というものの先がけに、今度の自衛隊のイラク派遣があるのです。なぜそうするのかというと、アメリカのオペレーションのやり方が統合運用だから、作戦をやる以上統合運用にせざるを得ないというので進めているのです。

初の部隊行動基準の設定

松尾)
もう一点は、今回は初めて部隊行動基準というものを決めて、それを自衛隊部隊に付与して出すことです。これはROE(交戦規則)と言い、どういう場合にどういう武器を使って対処するのかを規定している文書です。なぜこうするのかというと、撃つ可能性が高い、撃たれる可能性が高いという認識を自衛隊が持っているからです。どういう場合に武器使用ができるかを正式に決めて派遣するわけです。したがって自衛隊としては戦死者・戦病者が出ることを前提にして派遣するわけです。『フォーサイト』という雑誌に、死んだ自衛官をどういう手段で搬送したら良いのかを防衛庁が研究し始めたという記事が載っていました。戦死者を想定した派遣になるわけです。

 このことは手当についても見ればよく分かります。「イラク特措法」では、これまでの危険手当の中で最高額にするそうです。インド洋ではいま1日4000円の手当です。これを戦地で3万円にアップする。死んだ場合にはこれまで一率6000万円のお金が出たのですが、イラクでは、この二から三倍の1億2000万円から1億8000万円を出すことを政府は検討しています。

 それから、日本はアメリカと地位協定を結んでいますが、日本が軍隊の派遣国として初めて地位協定を結ぶことになります。イラクの土地自体は米英軍が占領していますから、CPA(暫定占領当局)と合意していくわけです。ですから、イラクについては新たに地位協定を結ぶことはしませんが、その周辺国、ヨルダン、カタール、クウェートを拠点にして海・空自衛隊が活動するわけですから、これらの国々と地位協定を結びます。これまで日本は接受国(外国軍隊の受入国)としての地位協定しか持っていなかったのが、今度は戦後初めて進駐軍としての地位協定を持つということになるわけです。

 最後に申し上げたいのは、冷戦終結後、世界の軍事環境が大きく変わったのに対応して、自衛隊を海外に出す動きがずっと続いているのです。その重大な節目の一つが、「イラク特措法」です。自衛隊がイラクに派遣されれば、その次は恒久法が問題になります。アメリカの「対テロ戦争」に協力するために、常時部隊を編成しておいて、いつでも海外に派遣することを可能にするシステムをつくろうとしています。そういう流れの中に今回の「イラク特措法」があるということを申し上げまして、私の最初の発言にさせていただきます。以上です(拍手)。


平和こそが一番! 一人でも多く、平和を大事にする、憲法を守るという人を増やしていく地道な運動を!
――福岡眞人さん
(全日本海員組合・政策教宣局長)

福岡)

よろしくお願いします。福岡です。海員組合は商船、漁船、旅客船、フェリーなどの船員を中心とした労働組合です。一社ごとの企業内組合ではなく、一つの組合に多くの会社の船員が集まっている日本では珍しい労働組合です。船員はあらゆる分野で、平和・安全の問題に関わってきたということで、パイロットや客室乗務員、港湾や鉄道など交通運輸に関わる人たちと、陸・海・空・港湾労組20団体というものをつくりまして、これまで周辺事態法反対、有事法反対の取り組みをやってまいりました。みなさん方とも色々な集会でご一緒したと思いますが、一時は継続審議になった有事法制も、とうとう参議院を通ってしまったということで非常に残念な思いをしております。

●戦争の苦い体験を二度とくり返さないと誓って結成された海員組合

福岡)
なぜ海員組合は戦争に反対するのか、なぜ有事法制に反対していくのかということを、海員組合の経験から若干紹介したいと思います。
 海員組合は、1921年に、つまり先の大戦(アジア・太平洋戦争)の前に今の組合の前身ができていました。ですから戦争との関わりが非常に大きいのです。1937年の日中戦争勃発の頃から、戦争に向けての法律がつくられました。今の状況によく似ているのではないかと思います。1940年には日本産業報国会が結成されました。戦争を行うためには、平和運動をする労働組合は邪魔になるというので弾圧されます。そういうことで、海員組合の前身の組合も解散をして、海運報国団となりました。そして、1941年には船舶保護法ができます。名称は「保護」ですが、約束を「反故」にするという方がぴったりの法律です(笑い)。第一条では、「船舶保護を目的とする」とあります。ところが第二条では、船長や船舶所有者は官憲の指揮に従えと書かれています。従わなければ、懲役や罰金などの罰則があります。名前は「保護」ですが、取締法になっているのです。そういう準備がされたあと、1941年に太平洋戦争が勃発します。要するに、勤労者の自主性がすべて剥奪されたという歴史がこの戦争の始まる前にあったわけです。先ほど私が、当時の状況は今の状況によく似ているのではないかと思うと申し上げたのはこの点です。よく注意する必要があると思います。

 この戦争で私の先輩は――私の祖父も含めて―16万2000人が死にました。漁船も含めると一万隻近い船が沈みました。軍隊は、船を守るといいながら実際には守りませんでした。私の祖父が乗っていた第三筑紫は、四隻の船団を組んで奄美大島から那覇に行く途中、アメリカの潜水艦「トリッガー」の魚雷攻撃を受けて37人全員が死にました。乗組員の中には14歳、15歳をはじめ少年船員がいっぱいいました。最高年齢者は70歳を越えていました。それだけ船員が足りないということでかき集められたわけです。護衛船もついていましたが、とても小さいものでした。護衛船が足手まといになって商船が沈められたとも聞いています。

 そのような戦争の苦い経験があって、八月十五日の敗戦後すぐ、翌十六日には海員組合は再建に向けて動き出しました。そして、日本で一番最初だと思いますが、十月五日に再建しました。その時に二度と戦争には加担しない、われわれの仕事は平和日本、民主日本を世界に示すことだ、ということを誓い合いました。その誓いは現在も変わりません。一九四七年に平和憲法が施行されましたが、その前に私どもは平和を誓ったわけです。

戦後も絶えない戦争の犠牲
福岡)
そのあと朝鮮戦争が勃発しました。当時、日本は米占領軍下にあったわけですが、アメリカから強い命令を受けて、朝鮮半島に軍事物資を輸送させられました。その時、22人の船員が亡くなりました。しかし、それだけの人が死んだことが発表されたのは1977年でした。それまでずっと隠されていたのです。よくもこれだけ人の命を無駄にできると思います。

 その後1951年にサンフランシスコ条約、日米安保条約が調印されました。1954年にビキニ環礁で水爆実験がありまして、第五福竜丸に乗っていた久保山愛吉さんが亡くなりました。その時に日本の船(神通川丸、長和丸、靖川丸、図南丸)が被爆しました。その経験から、海員組合はこの頃から原水爆実験反対運動にも一生懸命取り組んでまいりました。

 1955年にスエズ動乱、1960年にベトナム戦争が始まりました。ここでも2名が死んでいます。第四次中東戦争(1973年)では、日本郵船の山城丸がシリアで砲撃を受けて沈没しました。幸い乗組員は助かりましたが…。1980年にはイラン・イラク戦争が始まりました。ずっと私どもは戦争の中で生きてきたということです。イラン・イラク戦争が始まった際に、イラクの港に日本の船が数隻閉じこめられまして、負傷者が出たので船を捨てて命からがら逃げてきたことがありました。1985年にはアル・マナク号がロケット弾を被弾して、一人が死亡しました。それから東豪丸がイラク軍に臨検・拿捕されました。ということで、日本は中立国、戦争をしない国だといいながら船員と船は犠牲になってきたのです。

 1982年に問題になった「シーレーン構想」に私たちは反対しました。ペルシャ湾から石油を運ぶ場合に、シンガポールからフィリピンと台湾の間のバシー海峡を通って運びます。豪州(オーストラリア)に行く船は東京からだとまっすぐ南に下ります。ですから、バシー海峡あたりが日本を行き来する船が一番多いところです。この航路を米軍と自衛隊で守ろうというのが「シーレーン防衛」です。海員組合は、先の戦争の経験もあるし、そんな夢みたいな話で守れるわけがない、国家の安全保障はやはり平和が主体でなければならない、軍事では平和が守れないということで反対しました。

 それから同じ頃に、有事立法の研究が始まって、自衛隊法103条の業務従事命令に船員やパイロットなどを徴用するという考えが報道されました。当時マスコミは、今とちょっと違いまして『朝日新聞』は「社説」で大反対しました。当時はまだ、日本全体が平和ということに一生懸命だったように思います。それに比べて今はどうなのかと思います。

 1991年に湾岸戦争が勃発します。その時に、アメリカから大量の船を提供しろという要求があって、日本政府は湾岸の方に二隻出せと要求してきました。私どもは軍事物資は一切積まないと戦争協力に反対しました。先ほど松尾先生もおっしゃっていた掃海艇の話ですが、航行安全の問題で何とか機雷を除去してほしいという願いは当時からありました。当時は湾岸に行くと、乗組員は、死んだ羊が浮いているのを見ても、何が浮いていても機雷に見えたそうです。それほど機雷がたくさんあったのです。そういう状況の中で仕事をしました。

 1995年には戦争で犠牲になった人たちの霊を慰めるために――労働組合らしくないかもしれませんが――南方に慰霊団を派遣しました。2000年には、神戸に「戦没した船と海員の資料館」を開設しました。そこに資料と、船の写真を展示しています。6万2000人の犠牲者の消息も集めています。インターネットで見ることができるのでぜひご覧ください。そこには、全国から自分の家族、親類の消息を訪ねて多くの方が毎日訪れています。

 有事法制が今年できました。米軍の侵略戦争に加担して、先制攻撃に入っていく準備をしたと、私たちは危機感を持っています。同時に、基本的人権の問題がどうしても出てきます。自分に業務従事命令が出された時に拒否したらどうなるのか、拒否したら仕事をとられ、解雇されるかもしれません。その時は誰も補償してくれません。私どもは、教育基本法と労働基準法の問題が非常に気になります。教育基本法では愛国心が盛り込まれようとしています。労働基準法では使用者側の解雇権の拡大が出されました。これと有事法制はワンセットになっていると思います。

平和でなければ成りたたない私たちの生活
福岡)
いま日本は、日本商船隊で年間五億トンあまりの物資を輸入することによって生活ができています。輸入物資は、世界が平和でないと入ってきません。かつて日本は資源を獲得するために大陸に侵略しましたが、そういうやり方はもうだめです。特に日本は平和でなければやっていけないということを私は実感しています。日本の商船隊のうち、日本人は約4000人で、あと3万2000人くらいは外国人です。私ども日本人と外国人が一緒になって船を動かしています。一番多いのはフィリピン人で、次に韓国、インド、中国、ミャンマー、ベトナム、バングラディシュ、クロアチア、インドネシア、その他二十六カ国の人たちがこの国の経済を支えているのです。この方たちがいなくなったら日本にモノを運んでくる船が動かなくなってしまいます。これが現実です。

 フィリピンの船員たちも、有事法制について非常に心配しています。彼らは、日本軍によってさんざんひどい目に遭わされました。彼らは、日本が再び軍隊で何かをするのではないかと心配しているわけです。私どもは、日本語を英文に直して船にFAXを送ります。フィリピンの人も、私どものスタッフは六人います。この人たちが船に行ってフィリピンの船員に説明します。「有事法制に海員組合は反対です。日本国民全員が賛成しているのではない」という話をすると彼らはほっと安心します。日本人だけが日本を支えているのではない。多くの外国の人たちによって日本が支えられていることを忘れてはいけないと思います。

異常な万景峰号の臨検とマスコミ報道
福岡)
朝鮮問題ですが、私どもは朝鮮民主主義人民共和国とずっと民間外交を継続しています。朝鮮の方と、もちろん韓国の人ともよく話します。最近ポート・ステート・コントロール(PSC)といって、新潟で朝鮮の万景峰号を臨検しましたね。ああいう船舶の不備は万景峰号だけではありません。多くの外国の船は、どこか不備があるのです。ところが万景峰号だけには、他にはないほどの大勢の官憲を送りこみ、ターゲットにしていると思います。それから日本の周りには沈没したままの船(放置船)がたくさんあります。日本はそういう船に船舶保険をかけさせ、保険がかかっていないと入港させないように対策を検討しています。要するに撤去させる費用がないからです。そうすると一斉にマスコミはこれは北朝鮮が一番ひどいと報道しました。どうもマスコミ報道そのものが、仮想敵国をつくって有事関連の備えをしているのではないか、そういう危険性を私は感じます。

注意しなければならない憲法「改正」、自衛隊法施行令「改正」
福岡)
先ほど佐々木順二さんのお話の中に、憲法「改正」のおそれがあるというお話がありました。私も実感します。小泉さんは、「自衛隊は軍隊であると明文化しないといけない」と言いました。亀井さんは「いまの憲法には日本人の魂が入っていない」と言いました。その他、高村さんや藤井さんも言葉をかえて色々なことを言いました。憲法を何とか変えようという動きが出ています。これは注意しないといけません。

 それから自衛隊法施行令の一部改正もあります。自衛隊法には業務従事命令(103条1項、2項)があります。保管義務と運送義務です。運送義務には、鉄道、自動車、船舶、港湾運送、航空、それらの事業をもりこむ。いままでは、政令がなくて決まっていませんでしたが、決める準備をしています。いよいよ有事法全体をつくりあげる動きが出ています。

一人でも多く、平和を大事にする・憲法を守 る、という人を増やしていく地道な運動を!
福岡)
最後に、平和を守るためにどうするかを述べたいと思います。
 私も現役時代は朝鮮から石炭や鉱石を運びました。世界の海をなぜ安心して航行できるのかというと、日本が、戦争を放棄した平和憲法に支えられているからです。よく「平和ボケ」と言われます。「平和ボケ」と言われる方が幸せなのです。「平和ボケ」を幸せと思わない人がいま政治家をやっているのです。平和こそが一番です。おおいに「平和ボケ」になっていいと思います。私はそういう思いで色々な人と話をします。私どもの運動は、声高らかにというよりも、どちらかというと草の根に近い運動を積み重ねていくしかないと思います。一人でも多く、平和を大事にする、憲法を守るという人を増やしていく地道な運動です。「平和ボケ」と言われるかもしれません。しかしそれに負けていてはいけないというのが私の静かな思いです(拍手)。海員組合は、有事法制の実施反対、世界の平和をつくるために、市民のみなさん方とも、他の労働組合の方とも一緒に、一人一人輪を広げていきたいと思います。以上です(拍手)。


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