6・20戦争国家への歩みに反対するつどい
 ――派兵・改憲にどう立ち向かうか――

2004年6月20日(日)  東京都ラパスホール

《主催》民主主義と平和憲法を守る文京連絡会
    日本国憲法をくらしに生かす会
    テロ特措法・海外派兵は違憲 市民訴訟の会
    憲法擁護・非核平和を進める中野区民の会
    改憲とあらゆる戦争法に反対する市民ネットワーク21

こんにち小泉政権は、六月十八日に自衛隊の多国籍軍への参加を閣議決定し、六月二十八日の「主権移譲」以来、イラクに派遣した自衛隊を、多国籍軍の一員として駐留させています。また、私たち市民・労働者を「対テロ戦争」に動員していくための有事関連七法を成立(六月十四日)させるとともに、「テロ対策」の名による治安・監視体制を強化し、反戦・平和運動にたいする弾圧を一挙に強めています。そして、日本を「戦争をする国」へとつくりかえる総仕上げとして、憲法改悪が急ピッチですすめられようとしています。
 まさにこのような状況にどう立ち向かっていくのか、そのことを照らし出していこうという趣旨で6・20つどいを開催しました。

集会で採択したアピールの全文はこちらから御覧ください。

プログラム
開会あいさつ  川田 正美さん(民主主義と平和憲法を守る文京連絡会)
問題提起   吉田 健一さん(弁護士)
         三輪  隆さん(埼玉大学教授)
ディスカッション

閉会あいさつ
 相原 龍彦さん(憲法擁護・非核平和を進める中野区民の会)

※以下はつどいにおいての全発言を記載したものです。<1>          < 1    >

司会)
ただ今より「戦争国家への歩みに反対するつどい―派兵・改憲にどう立ち向かうか」を開催します。私は、司会をつとめます「日本国憲法をくらしに生かす会」の片岡です。よろしくお願いします(拍手)。
 本日の「つどい」は、それぞれの地域で反・改憲の運動を展開している五つの市民団体の共催で開催しております。まずはじめに、主催者を代表して「民主主義と平和憲法を守る文京連絡会」の川田さんに開会あいさつをお願いします。

主催者開会あいさつ
「改憲賛成」が過半数の中で、運動にどう取り組むか。  〃内部固め〃〃横の連携〃をどう構築していくか
――川田正美
さん(民主主義と平和憲法を守る文京連絡会)

川田)
今日は、せっかくの日曜日にお集まりいただきましてありがとうございます。このところ各地でイラク派兵・改憲に反対する集会が開かれていますが、どこも参加者が多く、また初めて参加される方も非常に多いと聞いております。それは大変喜ばしいことですが、同時に、それだけ危機意識が高まっているということだと思います。

 ご承知のとおり先日、加藤周一さんをはじめとした文化人の方が連名で「九条の会」を立ち上げられましたが、その時に大江健三郎さんと小田実さんは十年ぶりで同席されたそうです。つまり、それだけ危機なのだとおっしゃっていました。

 こんな中で私ども五団体は、今日の「つどい」のテーマをどうしようかと話し合った時に、憲法記念日に出された「読売改憲試案」が、以前に発表されたものよりもいっそう大変な内容になっていること、これも問題だが、もう一方で世論調査の結果に驚いたという話になりました。つまり「改憲賛成」が過半数になっていて、これにはギョッとしました。

 私自身、長い間運動をしていて、改憲派があの手この手でやってきたとしても、国民の中に「戦争だけはごめんだ」という意識さえしっかりしていれば根は強固なのだと思っていたのですが、「改憲賛成」が過半数になっているのはヤバいなと思いました。もう一つは、「九条の会」の方々もおっしゃっていましたが、横の連携があまりにもなさすぎるという問題があります。したがって今日は、派兵・改憲にどう立ち向かうかを考える上で、世論調査の結果に表れているような国民の意識にたいして、私たちはどう取り組んでいったらよいのか、それから横のつながりをどう構築していったらよいのかということをテーマにしたいと思っています。

 私は組合運動を長くやってきました。その中で、「経営側にたいしていろいろ言うことはある意味では簡単なことだ。むしろ問題は〃内部固め〃なんだ」ということをよく言われました。確かに、少し意見が違うとなると組合から離れる人が出てくるなど、ちょっとしたことでバラバラになりがちです。こういうなかで、どういうふうに内部の団結を固めるのかに非常に腐心しました。いま私たちは、少なくとも九条改憲だけは許さない、という一点で結ぶためにどうしたらよいのかを考える必要があると思います。

 今日は、まず弁護士の吉田健一さんから「軍事優先と国民意識の現在」というテーマで、先ほど申し上げた世論調査に表れている国民の意識もふまえて、お話ししていただこうと思います。そして憲法学者の三輪隆さんからは、豊富な資料も織りまぜながら、派兵・改憲を許さないためにどう手を結ぶかという運動論に踏み込んでお話しいただけると思います。よろしくお願い致します。(拍手)

問題提起

軍事優先・海外派兵を進める国づくりと国民意識の現在
――吉田健一
さん(弁護士)

吉田)
ご紹介いただきました弁護士の吉田です。五月十二日と十三日に衆議院憲法調査会で中央公聴会があり、私は十三日に公述人としてお話しさせてもらいました。来年の通常国会くらいまでは憲法調査会が続くようですが、いよいよ議論を終えて意見をまとめていくという段階に入ってます。
 一方で政府は、自衛隊を多国籍軍に参加させようとしています。歴代政府は「多国籍軍には参加できない」という見解だったのですが、「今までサマワでやっていた活動と同じようなことをやる」と言いながら、多国籍軍という武力行使をする軍隊の一員として活動すると明言し、強行しようとしています。他方では、六月十四日に有事関連七法案等を国会で成立させました。多国籍軍参加というかたちで、海外での自衛隊の活動を一層拡大する一方で、他方で国内では、それに国民を協力させるという総動員的な体制をつくろうとしています。そういうことをやりながら、明文改憲を準備して実現しようとしているわけです。私たちが、このような動きに対して反対し、明文改憲を許さない声を大きくしていくために、国民意識がどうなっており、どんな内容を広めていく必要があるのかということをお話しさせていただこうと思います。

拡大する海外派兵、軍備強化
吉田)
では、自衛隊の海外派兵はどのように拡大されてきたのか。
まず、自衛隊を海外に出すということが問題になったのは湾岸戦争(1991年)の時でした。
91
年4月に実際にペルシャ湾に掃海艇を派遣するというかたちで自衛隊が海外に初めて出ていきました。それと並行してPKO法(国連平和維持活動協力法)を制定し、その後カンボジアやモザンビークなどにも自衛隊が行き、現在はゴラン高原、東ティモールで活動を続けています。そしてアメリカとの協力体制を一層強化するために、「周辺事態法」を制定(99年5月)したり、アフガニスタン戦争の際には「テロ特措法」をつくって(01年10月)自衛隊をインド洋に派遣したり、今度は「イラク特措法」を制定(03年7月)して派兵するというように次々と進めてきたわけです。

 とはいえ、政府はこれまで自衛隊を海外に出す場合にはあくまでも「武力行使のために行くのではない」と言っていたわけです。ところが、その枠さえも自ら突破するような動きが進んでいます。アフガニスタンを攻撃している米軍機や艦船に自衛隊が燃料を補給する、そういう戦争と一体となった活動に現実に参加するところまで踏み込んでいます。そしてイラクでは、自衛隊による「水の供給」が強調されていますが、しかし他方では米英軍がイラクの人たちを大量に殺しています。その武器を持った米兵を輸送しているのが自衛隊です。そういうことが現実に行われているわけです。

 自衛隊の装備についても、これまで「専守防衛」と言っていたものから一歩も二歩も踏み出して強化されています。少し前ですがAWACSや空中給油機が導入されました。飛んでいる戦闘機に燃料を直接補給するための空中給油機まで買い込んでいるのです。さらには、日本政府は昨年十二月にミサイル防衛に参加すると表明して、1000億円を超える予算をつけてこの計画を具体化しようとしています。
 イラクにたいして違法な戦争をしかけ、武力で支配しようとしているアメリカの軍隊と一緒になって、日本のお金と装備を使って自衛隊の海外派兵を進めようとしているのではないかと思います。

あらゆる部面で進む戦争への国民総動員体制づくりと、きちんと問題にしないマスコミ
吉田)
このような自衛隊の海外派兵の拡大と並行して、国民を戦争に協力させるための法整備もなされてきました。
 PKO法には「国以外の者(つまり、民間・国民)に協力を求めることができる」という条項が入っていて、その後の「周辺事態法」や「イラク特措法」の中にも「民間の協力」という規定がありました。そして、実際に、インド洋に派遣された自衛隊艦を修理するために石川島播磨重工業の労働者が現地まで行かされました(このときは、「テロ特措法」で「民間の協力」の規定がないのに、民間人が海外まで派遣され、協力させられたことで国会で問題になりました)。

 また、「テロ特措法」が制定されたときに、自衛隊法も改正されました。これまでも自衛隊の情報を漏らすと処罰されていました。国家公務員にも秘密保持義務があり、それを漏らすと国家公務員法違反として処罰されます。ところが今度は「防衛秘密」ということをはっきり規定しました。しかも、防衛庁の職員や自衛官だけではなく、公務員や発注を受けている企業、防衛関係の仕事をしている民間業者も指定され、秘密を漏らしたとみなされると、より重い処罰が課せられることになりました。八〇年代に「国家秘密法」が問題になりました。それは戦前の軍機保護法と同じようなもので、防衛秘密を保護強化するもので、防衛秘密を漏洩したら処罰するという法案でした。だから、防衛秘密の保護強化を2001年の自衛隊法「改正」によって実現させたということは、一つ大きな動きだったと思います。これも、自衛隊や米軍の活動にスムーズに国民に協力させるために、法律によって防衛秘密を保護するという軍事優先の一つの枠組みがつくられたということだと思います。

 そして、昨年成立した有事法は、さらに一歩踏み込んだ軍事優先のための法制度です。お手元の資料に、『東京新聞』と『朝日新聞』(ともに6月15日付)の記事がありますが、有事関連七法はかなり問題があると報道しています。しかし本来ならば、この法律が準備されたり、審議されているときに問題点をマスコミが指摘して大きく取り上げるべきだと思うのですが、成立してから解説するというのは残念です。昨年来、小泉首相は「備えあれば憂いなし」とばかり言って、有事関連三法案をゴリ押しして通してしまったわけです。
今度の七法案も、昨年の三法案を具体化したり、あるいは自衛隊や米軍がスムーズに軍事活動ができるように国民は協力しなさいという義務づけまで含めて、場合によっては罰則までつけた内容になっています。要は一般の人の土地や建物についても必要があれば差し出せと、拒否ができないようになっています。港や飛行場も米軍や自衛隊が動くときには、他の人の利用が制限できるという内容になっています。
それだけではなく平時にも有事を想定しての避難訓練が行われます。誰がやるかというと、自治体や、自治体から協力を求められた民間業者も含めてです。ですからそのために自治体も「専門家」の知恵を借りようということで、元自衛官が自治体に次々と採用されている事実があり、そのことが報道されました。このように日常的な行政運営のなかに、軍事あるいは自衛隊が関与するのがこの総動員体制です。

 その中で、戦争反対の声を抑圧する仕組みがつくられようとしています。イラクに行って戦争の実態を報道しようとか、イラクで現実に犠牲になっている人たちのために頑張っていこうという人が身柄を拘束されても、それは「自己責任」だと、むしろそんなところに行く方が悪いといった風潮がつくられています。また、イラク戦争は反対だとビラを撒いた人を警察がつかまえて弾圧するとか、北海道でイラク派兵反対と宣伝をしている人たちに向かって、自衛隊の幹部が「そういう態度では雪祭りにも協力しない」と発言したり、そういった戦争に反対する声を抑圧していく体制をつくろうとしていることに注意する必要があると思います。

 残念ながらマスコミは、そういう実態をきちんと報道したり、分析して問題提起しない状況があります。昨年の三法案成立の時、例えば『朝日新聞』などはそれまでは慎重論をとっていたかのような姿勢だったのですが、民主党との妥協案について「これだったらいける」と、法案の成立を促進する役割を事実上果たしたわけです。「有事の法制度は必要だ」「国民を保護するための仕組みをつくらなければいけない」と、マスコミも含めてそういう風を吹かせたという問題があります。

世論操作に誘導されない、確固たる改憲反対、九条改憲反対の声を!

吉田)
このような状況のなかで、国民の意識はどうなのでしょうか。この間のイラク派兵に関する世論調査の結果について、いくつかのポイントを指摘しておきます。2003年3月20日に米英軍がイラク攻撃を開始したときには、六〜七割、あるいはそれ以上の人が戦争に反対し、「イラク特措法」が成立した時には、自衛隊派兵には多くの人が反対していました。特に二人の外交官が殺された直後は、共同通信社の世論調査では九割の人が、自衛隊派兵には「慎重に」「反対」と回答しています。

 ところが、自衛隊がイラクに行く段階になると、特に二月くらいから反対意見が少なくなりました。読売新聞社の二月の世論調査では、自衛隊派兵を「評価する」が58%になりました。こうなるのは、例えばイラクの人たちが「日本人を歓迎している」と言っていたのを「自衛隊を歓迎」と横断幕を書き換えるというような世論操作が背景にあると思います。その一方で、自衛隊が武装した米兵を輸送していることについてはほとんど報道されません。その結果、自衛隊の活動に対して「やむを得ない」あるいは「良いことをやっている」という意見が多くなってきたと思います。

 では、憲法についての世論調査はどうでしょうか。「改憲賛成」が『読売新聞』では65%(4月2日)、『朝日新聞』では53%(5月1日)と報道されています。『読売新聞』の世論調査では十年くらい前から過半数を超えていたと思いますが、今年は『朝日新聞』の世論調査でも過半数を超えました。とはいえ、九条については、『朝日新聞』では60%が「改正反対」です。ただ、2001年の調査では「反対」が74%だったので、反対が少なくなっています。

 『読売新聞』の場合は、九条改憲は44%が賛成だというのですが、これは質問の仕方がかなり誘導的です。質問が、「戦争を放棄し、戦力を持たないとした憲法第九条をめぐる問題について、政府がこれまでその解釈や運用によって対応してきました。あなたは憲法第九条について、今後どうすればよいと思いますか。次の中から一つだけあげて下さい。」として、回答が「これまで通り解釈や運用で対応する(26.8%)、解釈や運用で対応するのは限界なので、憲法第九条は改正する(44.4%)、憲法第九条を厳密に守り、解釈や運用では対応しない(19.9%)。」です。
〃解釈や運用による対応ではもう限界ではないでしょうか〃ということを質問の中で臭わせておいて回答させるというやり方です。このようなやり方の調査結果によって世論が誘導されることもあるので、警戒しないといけません。

 すでに述べましたように、『朝日新聞』の世論調査でも50%を超える人が「改憲賛成」と言っていますが、その理由として一番多いのが「新しい権利や制度を盛り込むべきだから」という回答で26%です。『読売新聞』では、「国際貢献など今の憲法では対応できない新たな問題が生じているから」という回答が52%で一番多いのです。つまり、改憲は必要だという意見は確かに多くなっているのですが、本当に九条を変えようという意見が必ずしも多くなっているわけではありません。ただ世論調査の質問の仕方やその時の状況によって世論というのはずいぶん動くし、ましてやこれが改憲の国民投票の時にどうなるかを考えれば、やはりかなり深刻に受けとめて、確固として過半数を改憲賛成に投票させないためにどうするのかが大事だと思います。

 先日私が憲法調査会で話をした時も、自民党議員は「今の時代の流れに即して憲法を変えようという動きになっているが、どうなのだ」と追及してきました。6月10日に自民党憲法調査会の「憲法改正プロジェクトチーム」がつくった「論点整理(案)」も「新しい憲法づくり」ということを非常に強調しているし、今度つくる自民党の「綱領」でも「新しい憲法をつくる」と打ち出しています。

戦争の実態や様々なものを犠牲にする国のあり方を大きく問題にしていこう

吉田)
こういう動きにたいして、私たちがどう対抗していくのかについて何点か指摘しておきたいと思います。

 まず、アメリカが多くの人を犠牲にする大量破壊兵器を使って、何の罪もない多くの人が犠牲になっている、それと日本が協力してやっていくという事実が、まだまだ国民に明らかにされていないと思います。今度の改憲試案の中にも「国際貢献」とか「平和協力活動」と書かれています。「読売改憲試案」が出た二、三日後の解説記事には、「平和協力活動」というのは、米軍がイラクを攻撃する際にイギリス軍も一緒に攻撃したが、このイギリス軍と同じようなことを自衛隊もすることを含むのだと、国連の枠を超えて武力行使を一緒にすることだと書いています。「平和貢献」の名のもとに何をおこない、そのためにどういう犠牲が出るのかの実態を明らかにしていく必要があると思います。

 それから、戦争や軍事を優先することによって、いろいろなものが犠牲にされるということを明らかにしていく必要があると思います。沖縄の基地問題、有事法制もそうですが、財政的にも、年金が問題になっている中で、政府はミサイル防衛に一〇〇〇億円を予算化しました。お金を軍事優先に使うのか、国民のために使うのか、そのような国のあり方も問われてきます。

 そして何よりも「新しい憲法」をつくるという割には、戦争を容認したり、復古調の中身も入れる(自民党案)という歴史を逆戻りするかのようなものになっています。いま国際的には戦争をしないための枠組みがつくられようとしている流れになっており、憲法改悪や九条改悪はこれに逆行するということも明らかにしていく必要があると思います。何よりも、それと逆の方向をマスコミが大きく宣伝し、たれ流しているのを何とか変えなくてはならないと思います。

 戦争の実態が明らかにされないまま戦争協力が進められたり、憲法も改悪されようとしているという危険性を、いっそう声を大きくして広めていかなければならないと思っています。どうもありがとうございました。(拍手)



派兵・改憲を許さないためにどう手を結ぶか
――三輪隆
さん(埼玉大学教授)三輪)

今日は、二つのことをお話しします。まず、改憲をとりまく状況について前半でお話し、後半では、何をすべきかについてお話しします。

すでに改憲の日程が安定して進み得る状況に
1.戦後はじめて改憲が政治日程にのぼった
三輪)
最初に三つお話しします。
 一つは改憲が政治日程にのぼったということです。これは戦後六十年間の日本の歴史の中で〃画期的〃なことです。五〇年代にも改憲が問題になりましたが、ここまできていませんでした。五〇年代の当時以上に今は進んでいると思います。
 改憲を発議するのに必要な国会の三分の二の議席ができていること、そして各政党が改憲案を一定明らかにしていること。これは五〇年代にも一旦は達成されたことです。

 しかし、僕がつかんだ限りでの情報を整理してレジュメに「改憲の政治日程メモ」をのせました。これが、いわばこれから展開するだろう明文改憲実現までの日程です。こんなメモが書けるなんていうのは、これまでなかったことです。この点にまず注意してください。どうしてこんな「改憲の政治日程」が書けてしまうのか。それは、僕が悲観主義者であるからではなく、何よりも明文改憲をめぐって与野党のあいだに大きな対抗線が引かれていないこと、野党第一党が与党と同様に明文改憲をめざしていることが根底にあります。

 改憲を目指す自民党と民主党、その二大政党化が進んでいます。そしてそのもとで去年の総選挙以降、小泉純一郎首相と菅直人・民主党代表(当時)が競うように改憲について発言する状況になっています。

 五〇年代には改憲勢力は一旦は改憲発議に必要な三分の二の議席をもち、また改憲構想を示すところまで進んでいましたが、しかし、野党第一党であった社会党は改憲に反対し、その後の選挙をとおして改憲発議を阻止できる三分の一の議席を確保し、明文改憲の企てを挫折させることができました。しかし、現在では、改憲に反対する共産党・社民党が野党第一党になる可能性も、三分の一の議席を回復する可能性も、当分のところはありません。それどころか今度の参院選挙で社民党は消滅の危機にたつ可能性すら語られており、共産党についても同じことが時間の問題としてささやかれています。

 国会ではすでに憲法調査会が設置され、さらに改憲発議のための委員会を設置するべく次期通常国会で提案しようと与党連合が協議し合意したと先日も小さく報道されました。これは野党第一党とのあいだで改憲についての大きな対抗線が引かれていた昔だったら大きく報道される話題です。しかし、それはもう政治日程のうえで当然に次にくることであるとして、改めて注目する必要もない当たり前のこととされているわけです。

2.数の上ではいつでも改憲発議できる状況
三輪)
二番目に注意したいのは、先の総選挙で民主党がふえ三分の一の議席をとったことが改憲日程に及ぼす影響についてです。

 改憲を発議するためには三分の二が必要ですから、民主党も含めたかたちで発議しないといけない。つまり与党と野党第一党の間でのいわゆる大連合をつくって発議することが必要になります。しかし、その民主党は自民党にとって替わって政権をとりたいので、同じく改憲を志向するからといって、改憲の構想において簡単に自民党と一緒になりにくい事情が生じています。政権交代への支持を広げるためには、自民党と同じであることを強調するのではなく、なによりも違いを強調し、政権交代すればいろいろ変わることを訴える必要があります。こうしたモメントは、改憲大連合をつくるモメントと反対方向に働きます。

 これまでも民主党は、「イラク派兵法」や「テロ特措法」、そして有事関連七法にもいろいろと〃対案〃を出して独自性を際だたせようとしたり、年金についても「抵抗」をしてきましたから、改憲という大きな課題の場合にも、改憲勢力だとはいえ簡単に自民党と一緒になるとは考えられません。民主党が政権をとるために取り引きをしたり、揺さぶりをかけたりすることが予想されます。
もちろん、民主党の〃対案〃は、派兵そのものを認めながら単に承認手続きで違いをもうけるものであったり、新自由主義改革のもつ問題を放置して、それをより急進的に進める点で違いを際立たせようとするものであったりと、本当の対案とはいえないものでした。
改憲についての〃対案〃も同じで、九条改憲には賛成、そのうえでの違いでしかありません。民主党が独自性を出しているからといって、多くの場合にその内容が支持できるものではないことは明らかです。しかし、政権交代のために民主党が繰り出してくる自民党との差異づくりが、現在の局面では改憲大連合の形成にたいして促進的に働くとは限らないことに充分に注意する必要があると思います。

3.二〇〇七年の衆参選挙が最後のヤマ場
三輪)
三番目です。「政治改革」によって選挙制度が小選挙区制中心になった中で、予想されていたことが昨年の総選挙で現実化しました。すなわち、平和憲法擁護勢力が大幅に減退したということです。参議院は半数改選ですから、多くの選挙区がほとんど小選挙区と同じような状況にあります。大都市部の複数議席がある選挙区を除いて、共産党や社民党のような「平和憲法擁護勢力」が選挙協力なしに議席を確保することはまず考えられない状況です。

 僕の「日程メモ」にも書いていますが、参議院選挙で「九条擁護派の再度の大後退」が予想される状況があります。議席が減るとどうなるか。今度の国会をみても、有事関連七法案での共産党や社民党の質問時間は、五分とか十分でした。ほとんど質問になりません。平和憲法擁護勢力の議席が減ることは、すでに大きな否定的影響を生んでいます。

 次の参議院選挙が2007年に行われ、そして2007年11月までに総選挙が行われる予定です。しかし、今の小泉政権の安定度からするとギリギリまで総選挙を構えることは考えられませんから、2007年に二つの選挙、あるいは同日選挙が行われる可能性があります。これが一つのヤマになると思います。
 今のままでいけば、つまり平和憲法擁護勢力の選挙協力が実現しなければ、九条擁護勢力の議席はここで徹底的に壊滅する、したがって改憲発議大連合もできるし、その後の憲法改正草案の一本化もより容易になるであろうし、さらにその後の国民投票も、やる前から結果が予想されてしまうといった状況にあります。

 とはいえ国外に目を転じますと、世界の状況は明文改憲に追い風になるものばかりでないことが分かります。七月からイラクで暫定政権に「主権」が委譲されます。それから米軍のテロとの戦争に伴う戦略の見直しに伴って、例えば韓国等々での基地の再編が大きく進もうとしています。その中で世界各地の反戦・平和運動も一つの新しい展開をみています。ヨーロッパではEU議会選挙(六月)で中道左派が前進したというわけではありませんが、例えばイラクに派兵しているイタリアで左派勢力の方が前進するという注目されるべき変化がありました。
 つまり、国内では平和憲法擁護勢力は非常に困難を抱えていますが、国外ではアメリカの戦争政策が困難に直面している。このギャップがあるということも注目したいと思います。

改憲を待たずに進む派兵国家体制の拡充整備

三輪)
次に、その改憲がどう進んでいくのかについてもう少し立ち入ってみます。明文改憲の準備だけではなく、派兵国家としての拡充整備が同時並行的に進んでいくと思われます。日本はすでに派兵している国家ですが、明文改憲を待たずに、さらに次のような点でこの派兵国家体制がこれから強化・整備されると思います。

1.派兵を主任務とした軍隊にするための「防衛計画の大綱」の抜本的見直し
三輪)
まず第一に、この夏から秋にかけての新々防衛力整備計画の大綱のキャンペーンです。当初、「防衛力整備の大綱」は自衛隊がどういう装備をもつかの基本プログラムをつくるものです。しかし今回は、派兵を主たる任務とする軍隊に自衛隊の性質を根本転換するための大綱見直しです。

 ご存知のように、自衛隊はその名が示すように本務の仕事は日本が攻撃された時の防衛出動、それから警察が対応できない時の治安出動、そして〃評判の良い〃災害出動です。その他、PKO派兵やアフガンやイラクへの派兵が、雑則として、すまり本務に支障をきたさない限りでおまけとしてついている格好です。ところがこのおまけの部分、派兵の部分をメインの仕事にしたいというのです。

 急に本務にするということで自衛隊法を改正するのではあまりにも唐突ですし、まずは新々大綱の大きな見直しというところでキャンペーンをかけてくると思います。そのための懇談会を政府直属につくりました。これまで大綱の見直しはだいたい自衛隊内部で行っていたのですが、三自衛隊の間での利害調整がうまくつかなかったようです。そんなことをしていると少しも進まないということで、自衛隊から大綱見直しの仕事をとりあげて政府のもとでガンガン進めていこうとしています。

2.派兵恒久法制定とそれに対応しての自衛隊の任務・体制の再編

三輪)
それから、派兵恒久法が来年以降に問題になってくると思います。アフガンだ、イラクだといちいち特措法をつくっているのでは追いつかないということで、常時派兵を可能とする恒久立法をつくろうとしています。それに対応して自衛隊の任務をもう一度見直したり、それに伴って防衛庁設置関係も変えるという動きが2006年にかけて出てくると思います。当然、その中には防衛庁を防衛省に昇格することも含めた防衛二法改正が出てくると思います。この過程で、ミサイル防衛を実現する際の技術協力や開発協力の点で、今の武器輸出三原則が足かせになるので見直そうという動きも出てくると思います。このように憲法を改正する前の段階でも、防衛関係の法制を手直ししようということになると思います。

 他方、明文改憲に関しては、与党は来年の通常国会に国民投票法案を提出することに合意しました。そして憲法調査会の最終報告を〇五年五月三日の憲法記念日にあわせて出して、その前にその最終報告を受けるかたちで改憲発議ができる委員会を設置するために国会法を改正しようとしています。

アメリカとともに「テロとの戦争」を遂行していくための体制づくり
三輪)
このように派兵国家体制の拡充は明文改憲を待たずに進んでいくわけですが、全体として次のような特徴をもっています。
 それは冷戦以降、ソ連のような脅威に対抗するのではなくて、アメリカに脅威を与える能力を持った非国家的な勢力、いわゆる「テロリスト」等に対応するという能力対応型の戦略に転換していることです。その中でアメリカは非常に大きな軍組織上の改編をしているようです。軍事予算でみるとアメリカがダントツで、二位以下と十四位までの国の予算と匹敵するだけの予算をアメリカはもっています。能力的にみれば、おそらくアメリカ以外の国が束になってかかっても軍事的にうち負かすことができない状態です。ということは、アメリカは「テロとの戦争」を遂行する上では、軍事的にはほとんど他国の軍事的な協力を必要としないくらい強いということです。しかし政治的には勝手にやるわけにはいかないことは、イラク攻撃が示しています。財政的にはもっと他国の協力が必要です。ここにアメリカ側からする日本の出番があります。

 他方、日本の政治・経済的支配層の側では、対米協調は、ますますこれを外すことのできない選択肢になっています。日本はあと数十年で中国の経済成長に遅れをとるのは明らかになっています。支配層としてはアメリカの「テロとの戦争」に全面的に協力していくことによって、東アジアを中心とした世界政治におけるより強固なヘゲモニーを確保すること、これだけが発展する中国に対抗できる現実的対応と考えられているのだと思います。
 政権交代を狙う民主党も、ワシントンにとって安心できるネクスト・キャビネットとしてその線は崩さないというサインを絶えず送り続けています。いやいやながらの対米協調ではなく、自覚的・主体的な対米協調であることに注意すべきだと思います。

「テロとの戦争」の国内における前線、外征軍としての再編成

三輪)
国内的には二つのことが注目されます。
 一つはテロ対処の法制の整備についてです。今回の有事法制論議の際に、この必要が民主党を中心に強調されました。現在の法制でもテロに対処できるのですが、改めてそれが強調される背景にははっきりとした政治的な目的があります。

 与党や民主党は「テロの脅威」を強調し、テロに対処するためにこそ有事立法が必要であるかのようにキャンペーンしています。しかし本来、有事法制は日本にたいする武力攻撃や、「武力攻撃予測事態」における有事体制の立ち上げが目的だったはずです。それなのに本来の立法目的があたかもどうでもいいかのようにテロへの対処が強調されたのはなぜか。そして国内の軍事・警察的な治安体制の強化、それから民衆相互の相互監視体制の強化が叫ばれるのはなぜか。これは、国内問題であって警察問題だから軍事問題と関係ないと思われるかもしれませんが、大きくみれば「テロとの戦争」の国内におけるフロントを作ることに他ならないと思われます。その中で、例えば米軍基地の警護の問題などが、住民監視の問題と一体のものとして進められることになります。

 また自衛隊が派兵型の軍隊として位置づけなおされ、それに伴って統合軍の整備などが検討されることになります。韓国など全世界規模での米軍基地の再編に伴って、沖縄の米軍基地も再編すると言われています。戦後最大の基地再編が進もうとしています。しかも単に米軍基地を再編するだけではなくて、基地再編の中に自衛隊の役割も組み込んで、例えば横田基地に自衛隊の司令機能も取り込もうとしています。
 明文改憲だけを注目していてはダメで、それまでも派兵国家体制の拡充整備が進んでいくこと、そしてその一つ一つが非常に大きな意味をもっていることに注意していただきたいと思います。こうした動きに対抗していく上でも、平和憲法擁護議席の後退は大きな否定的影響を及ぼすでしょう。次の選挙を待たずにできるだけ早く大きな連帯と共同をつくらなければこうした動きには対抗できません。

国民投票法――発議権は国民にはなく、あくまでも国会に
三輪)
次に、改憲の方です。これについては二つのことを申し上げます。一つは国民投票法案の問題です。それからもう一つは、自民党改憲草案と民主党改憲草案の両方が国民投票にかけられることはないわけですから、最終的に改憲案がどのように一本化されるのかの問題です。
 改憲する際に国民投票法案がなぜ問題になるかというと、憲法に規定しているからです。自民党などは改憲手続きをもっと簡単にしたいようですが、明文改憲を経ずに最初からそんなことをするとクーデターになってしまうので、そこまではできません。

 現在の憲法では国会で三分の二以上の議員が発議し、その後の国民投票で過半数の賛成が得られれば憲法改正となります。なぜ国民投票があるのかというと、立法機関である国会の三分の二という多数の意思によって発議したとしてもまだ不十分で、それよりも強い主権者の意思が必要だと考えられるからです。国民投票によって表明されるであろう主権者の意思の方が、国会の議決よりも上にくるという考え方が前提なのです。この点をふまえることが、国民投票法案をどういうかたちのものにするかを考える上で非常に大事な出発点です。つまり国民投票法案は、そうした主権者・国民の意思が十分に発揮されたものでなければならないのです。

 第二に、国民投票という制度を外側からみることも必要です。国民投票はどしどしやるべきだという意見があります。このように言う人たちには、ここ十年くらい色々な地域で住民投票条例がつくられ住民投票を行った結果、けっこう民衆側にとって良い結果が出ているではないかという発想があります。注意していだきたいのは、国民投票と住民投票は単に規模が違うだけではなくて、そもそも提案権が国民の側にない点です。あくまでも提案権を持っているのは国会なのです。私たちが百万人や三百万人の署名を集めて、例えば憲法第一章をなくすために憲法改正しようとしても、これは今の憲法規定ではできないのです。国民投票は主権者の最高意思を発現できる機会ではあっても、そもそも提案権が国会に握られているという点をしっかり押さえておく必要があると思います。

 諸外国で行われている国民投票には、すでにある法律なり何なりを廃止するという、国民がいわば拒否権を発動するというかたちで行われるものもあります。例えばイタリアでは、以前、妊娠中絶を規制するという法律がありましたが、これを廃止しようと民衆側が発議をして(人民発案)、法律を廃止しました。しかし、いま問題になっている国民投票法案は、このようなことを可能とするものではありません。あくまでも国会が発議し、その提案について承認するか承認しないかという追認型の国民投票だということに注意していただきたいと思います。こうした追認型の国民投票は、そもそも提案者側にとって有利な制度であることを注意すべきです。

 第三に、しかし主権者の最高意思を表明するこのチャンスは、日本の近現代史の中で初めてのチャンスです。私たちは国民投票はやったことがありません。憲法制定の時にも国民投票はしませんでした。ですからこれに不安と期待と、あるいはあらぬ幻想をもつということが横行しています。諸外国では国民投票は重大な政治的転換点になったという歴史的経験があり、この点ばかりがしばしば紹介され、国民投票にたいする期待を高めたりしています。しかし、国民投票は危機に陥っていた既存の政治を救う最後の切り札として機能したことも少なくないのです。期待だけからみるのではなく、クールに見る必要があると思います。

●国民投票法案の内容の問題点

三輪)
その上で国民投票法案の内容を検討する必要があります。
 『東京新聞』2月15日付に国会議員にたいするアンケートがありました。これは注目されるべきものです。まず、「国民投票法案は必要かどうか」という問いに、自民党議員も民主党議員も「必要だ」と言います。ではどういう国民投票法案かというと、多くの議員が――自民党も民主党も含めて――、何と問題や条文ごとに国民が投票できるようにすべきだ、一括投票ではないと言っているのです。

 九条を改憲しようとする場合に、環境権やプライバシーの権利や知る権利と抱き合わせてワンセットで、いわば「毒まんじゅう型」で出さざるをえません。その時に個別投票などをやれば、多くの国民は九条は「×」、他は「○」となりますね。改憲派にとっては、そうさせないために絶対に一括投票制度にしないといけないのに、改憲派の国会議員はこの点が良く分かっていないようです。「国民投票は国民の意思を直接に表明できる制度だ」と強調することによって、改憲機運をたかめようという感覚が働いているのでしょうが、とても冷静な政治判断とは思われません。

 二番目は運動規制です。公職選挙法は、どんな選挙運動ができるのか分からないくらい「これは、やってはいけない」ということばかり書いています。ジャン・ジャック・ルソーが『社会契約論』を書いた時に、直接民主制の重要性を主張する文脈でイギリスの人たちを批判しました。フランスがまだ共和制でもなく、議会も選挙もない時代でした。当時のフランスでは、議会のあるイギリスは先進国で優れていると言われていましたが、しかしイギリス人はたかだか選挙の時に代表を選べ、自由にものが言えるだけである。主権者である人民が為政者にたいして常にものが言えるようにしなければ本当の民主主義とは言えないという趣旨の批判をしました。少なくとも選挙の時だけは自由にものが言えるというのは、代表民主制の最低の原則なのです。ところが日本の場合は、公職選挙法によってがんじがらめに規制されて、選挙の時ほどものが自由に言えない時はないという状況です

 これと同じことが国民投票法で行われたら、最初からたたかわずして結果は明らかだと思います。普通の国政選挙と違って主権者が直接に意思を表明できる時に、公職選挙法と同じような規制を認めていいかどうかは大事な点です。今の国民投票法原案は、ビラ規制だの、放送規制だの、インターネットの規制などなど、公職選挙法と同じものを予定しています。

 あとは成立要件です。最近は投票率40%というように低投票率の場合が多いです。それで三人以上候補がいたら有権者の何%の支持を得て当選したのだろうか、とゾッとするような状況があります。小選挙区制になっていよいよ危険が増えています。二大政党制状況があるアメリカやイギリスでは、有権者の三分の一から下手すると半分くらいはそもそも投票に行かない、残りの60%から40%くらいが政治に参加し、その中のゲームとして議員が選ばれるという状況です。こういうことが国民投票であってよいのか。有権者を今と同じように二十歳以上にしてよいのかどうかも問題ですが、仮に同じとすると、全有権者の四割くらいしか投票しなかった場合に、その半数で、つまり全有権者の二〇%少しで憲法改正が成立することになってしまいます。逆に、過半数がなければそもそも国民投票が成立しないとしたらこれは脅威でしょうね。提案によっては国民投票に行かないという運動もできます。こういう点も今後問題になってくると思います。

九条改憲構想をめぐる分岐

三輪)
それから改憲提案の一本化です。おそらく二つの論点があると思います。
 一つは九条で、これがメインです。今の改憲の主たる目的は派兵であり、軍事力行使を出来るようにすることです。明文改憲がされる前にも、派兵国家化の整備が進むと先ほど言いました。しかし明文改憲されるまでは集団的自衛権行使、もう少し言うと武力行使まではいかないと思います。それはいかな政府の曲芸的憲法解釈によっても今の憲法では説明がつかないからです。

 では明文改憲によって派兵と海外での武力行使をどのように正当化するかが問題になります。そこで用いられるのが、いわゆる「国際貢献」です。「国際貢献」をする際に問題になってくる争点は、国連のもとで派兵、あるいは国連以外の有志連合のもとでの派兵か、または多国籍軍型の派兵まで広げるかどうかということだと思います。自衛隊を憲法上認めるかどうかについては、第二次的な論点としてありますが、政府の解釈では現憲法上合憲だということになっていますからあえてここは触れないということが考えられます。

 そうしますと、一番マイルドなところでは第九条一項と二項を変えずに三項を加えるか、第十条あたりに加えることによって「国際協力」についてのボンヤリとした規定を設ける。それからもう少しきつくすると、ボンヤリとした規定の中に「国連決議のもとでの派兵」という規定にすることが考えられます。もう少しきつくすると、多国籍軍型の軍派遣ができるような改正案にするということになるでしょうし、一番きついやり方は、これに加えて軍がもてる明文規定をおくという九条一項二項に関わるような改憲も含めての提案、このようなバリエーションが考えられます。どのような線に落ちついていくかというのが今後の一番の焦点になっていくと思います。今のところ山崎拓や鳩山由起夫・民主党前代表の二人の線や、あるいは鳩山案よりは小沢一郎・横路案の「国連のもとでの派兵」という線が有力だと思います。

 この点が一番大きな分岐点として今後問題になってくると思います。自民党、公明党、民主党がすでに改憲案の「骨子」を出していますが、そこまで議論が進むかどうかは分かりませんが、秋以降は改憲案一本化のための色々なやりとりが進んでくると思います。

九条以外の論点――「新しい権利」・国家的公共の強調

三輪)
ところでもう一つの、副次的な改憲草案の論点は九条以外の問題です。「読売改憲試案」では「家族」が強調されています。それから十年ほど前から「環境権」「知る権利」など、時代の変化に応じて新しい権利を加えようという動きもあります。この「新しい権利」がちょうつがい的な役割を果たして、公明党も含めた改憲大連合がつくられることになるのではないかと思います。

 その中で注目して欲しいのは、読売第三試案にあるように国家的公共としての「公」・オオヤケの強調です。これは第二次案で前面におしだされてきたものです。言うまでもなく、こうした国家的公共・オオヤケの強調は、この間の「構造改革」によって家庭や若者などの様々な社会問題が出てきており、これを国家が強権的に統制したり、市民の横の相互統制を強めることによって対応するためのものです。しかしこの主張は、国家はよけいな規制をすべきではないと強調しながら「構造改革」を遂行したときの論法(「自己決定」「自己責任」)とは対立する面があります。国家公共の強調というのは国家の役割をもっと大きくしろという主張であって、表面上はこれとぶつかる関係にあります。日本国憲法には社会的規定がさほど多くないので、規制緩和や構造改革推進派にとっては明文改憲はそれほど必要ではありません。しかし「構造改革」の結果生じた社会的な問題に対応するために国家的公共を強調するのです。自由主義派・改革派のなかにも伝統的保守派と手を結ぶ必要が出てきているので、国家的公共が憲法の重要な論点になっていく可能性があると思います。

私たちの憲法論の見直し――私たちの課題1
三輪)
次に「第二 私たちの課題をめぐって」について、二つのことを申し上げます。一つは、私たちは「平和憲法擁護」「憲法改悪反対」と言います。では何を目指すのか、どういう理由で反対するのかという私たちの憲法論を見直す必要があるということです。もう一つは運動のあり方についてです。

1.被害者平和主義の克服
三輪)
まず平和憲法論をもう一度見直す必要があると思います。二つのことを言いたいと思います。一つは、いわゆる被害者平和主義の克服です。
 例えば4月8日から続いたいわゆる人質事件の時に、反戦・平和運動の多くの対応に非常に違和感をもちました。「人質になった人たちを救え」というキャンペーンが活発になされました。やってはいけないとは思いません。しかし、4月6日に航空自衛隊の幕僚長がクウェートで記者会見をして、空自がすでに二十回くらいC130で空輸作戦をした、バグダッド付近で空輸作戦に従事することもあったが危険はなかったと強調しました。そして4月8日に人質事件がありました。三月末くらいから米軍は、米軍関係者四名が殺されたということでその下手人を捜すという口実でファルージャを包囲して狙撃部隊を送り込んで子供を含めて動くものを片っぱしから撃っていきました。4月8日の時点で、ファルージャの病院関係者がすでに六百人もの死者が出ている、負傷者はその数倍だと言っています。その時、空自はバクダッド近郊に空輸している。米兵も運んでいるのです。これは当然、ファルージャ作戦と連動しているわけです。どうしてそういう文脈の中であの人質事件をみないのかと思います。人質にされた方たち自身も、米軍がファルージャを包囲して住民を虐殺している、その中での拘束事件だと言っています。私たちは果たしてこういう文脈で対応したかどうか、どうして日本においては「ファルージャでの虐殺をやめろ」という声が「三人の命を救え」という声以上に、あるいはそれと同じくらいにまきおこらなかったのか、ぼくはとても不思議でなりません。

 そういう日本人中心、「飛行機が落ちたが邦人はいませんでした」というのと同じ発想、これはいま日本がおかれている位置を見ない平和主義だと思います。われわれはもう加害者なのです。加害者にいる時には被害者の側からどう見るかということに徹しなければダメだと思います。日本人が死ななければいい、怪我しなければいいという発想が、まだ私たちの平和運動の中には少なからずあるのではないか。日本はいま派兵国家であり、加害者の立場にあるという点をふまえた平和憲法論を考えなくてはならないと思います。

1".非武装・非暴力についての再考
三輪)
それと裏腹の問題ですが、私たちの非武装についての考え方を見直す必要があると思います。いま有事法制をめぐる攻防を振り返ってみると、その大きな転換点は02年9月17日以降の北朝鮮拉致事件のキャンペーンでした。「攻められたらどうするか」と政府がキャンペーンするのにたいして、私たちの平和主義というのは徹底してそこまで考えていなかった、あるいは「攻められる可能性は非常に少ないのだから考えるのはやめよう」という対応が事実上あったと思います。考えた場合にも、社民党が村山内閣の時に打ちだした政策、共産党が「有事の際には自衛隊を活用する」と言ったりしたことをみると、やはり非武装について本当につめた議論をしていなかったと思うのです。

 一方では北朝鮮脅威という全くナンセンスな、リアリティーのない情報操作があり、しかしもう一方ではこの「脅威」に軍事的に対応できるのではないかという発想が私たちの中にあるのではないかと思います。例えば今回の有事関連七法案の審議の中でも、鳥取県で11万人が非難するのに一週間かかるということが問題になりました。つまり、日本は軍事的に守れるような状況におかれている国家ではない、これは政府当局者も認めざるを得ないにもかかわらず、私たち自身の中には軍事的に対応できるし、そうする必要があるという発想が9・11事件の後でもまだあるとぼくは思っています。本当にそうだったらば、非武装や非暴力というのは言うべきではないでしょうね。憲法九条第二項はやはり非武装なのです。本当に非武装でやっていくことは、ぼくは一番リアルな選択だと思いますが、この点についてきちんとつめる必要があると思います。

2.法や憲法は現実と一致していたら存在理由がない
三輪)
それからもう一つは、憲法の根本的なとらえ方を含めた自由と公共の関係について、きちんと見ておく必要があると思います。自民党憲法調査会の「憲法改正プロジェクトチーム『論点整理(案)』」の「三 今後の議論の方向性」(資料十三ページ)で示されているのは、聖徳太子の十七条憲法も憲法だという憲法観です。それから、時代が変わったから憲法も変えたっていいという言い方です。これは憲法に限らず、法律や憲法の存在理由の第一歩でふまえておくべき点が曖昧になるところが私たちにはあると思います。それは憲法は現実を反映した方がよいという発想です。極端に聞こえるかもしれませんが、法や憲法は現実と一致していたら存在理由はないのです。現実は、男女平等ではない、では憲法二十四条は必要ないかというと違います。男女平等ではないから二十四条が必要なわけです。大事なのは、現実をどういう方向に向けていくのか、それを規範として法律や憲法にしようということです。大事なのは、規範の中身が正しいのかどうか、規範として掲げるに値するものかどうかです。

 しかし法律や憲法をつくっても実際には力の強い者がどんどん破っていくではないか、という反論が返ってくることもあるでしょう。しかし力の強い者が横暴でどんどんやっていったとしても、あるべき方向、よりよい方向を理想として掲げてそれを目指していこうと発想するべきではないでしょうか。そうでないと国際法などは問題になりません。世界で一番強いアメリカの横暴を止めるためには、例えばエイリアンが来てアメリカを爆撃するというようなことはあり得ません。あくまでも法でアメリカを縛っていく、実力が横行しがちな国際法の世界ですら、人類は、理想として目指すべき方向をたぐりながらそれを少しずつでも定着させようと努力してきたのです。ですから国際法の最初は戦争にかかわる法律です。戦争という一番暴力が横行する場面ですら、例えば白旗をあげたら攻撃するのをやめようとか、子供を虐殺するのをやめようとか、残虐な兵器使用はやめようとか色々あります。何故そういう発想が出てくるのかというと、規範を掲げることによって現実を少しでも規制し変えようという意思があるからです。

 ですから、法律と現実がズレているということが法律を改正したりやめる理由にはならないし、だからこそ現実を縛るものとして良い規範をルール化していく必要があります。その時に最初に出てくるのが、一番暴力をもっている国家権力を縛るということです。ですから自民党の改憲案は、法律や憲法というものの存在理由が分かっていないとんでもないものだと言わざるをえまません。

 しかし、せいぜい法が権力の道具であるという感覚や見方というのは決して日本社会では特殊なものではありません。「法律にこう書いているから」としてそのあとは説明しないということを、私たちも少しやっているのではないでしょうか。例えば、母親が子どもにたいして「そんなことをするとお巡りさんに怒られるからやってはダメ」と言う場合がありますが、大事なことは警察が怒るか怒らないかではなく、やっていいかどうかです。私たちは法律に依存するのではなく、その法律が良いか悪いかを基準にして選ぶことが必要だと思います。

改憲派の「公」批判で考えてほしいこと
三輪)
「公」について少し述べます。「公」と「public」をぜひ大きな辞典で引いて下さい。日本語の「オホヤケ」は天皇や国家を指します。
それに対して「public」はラテン語の「人々」という言葉に由来する言葉から転じた言葉です。全然違うのです。
明治期以降に西洋法を輸入する際に、「public」に相当する言葉を訳す時に「公共」という言葉をあてたのです。この「公」は、どちらかというと日本語の「オホヤケ」に近い意味ですが、しかし憲法上の「公共の福祉」の「公共」は、この「public」に近いのです。「public」は国家ではありません。「人々にとって共通のもの」という意味です。イギリスにパブリック・スクールというのがありますが、これは国家の学校ではなく私立学校です。家庭教師をつけられなかった新興ブルジョアジーが、自分たちの子弟を教育するために資金を出し合ってつくった学校なのです。その意味で共同の必要を一緒に満たそうということです。ただ二〇世紀以降、「福祉国家化」が進むなかで国家に共同の必要性の管理が託されることになったので、国家と「public」が重なってくるという事情があります。

 ただ日本の場合は、伝統的に公共のものは国家のものであって、私たちのもの、国民のものではないのです。そういう感覚を自民党などは引きずっていると思います。私たちには「public」なものが必要だと思います。この点を見直していくと、議員が点数稼ぎのために色々な改憲草案を出してきますが、かなり雑なものが多いことがすぐに分かると思います。時間がきたので、運動のことは後ほどお話しします。
どうもありがとございました。(拍手)


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