小森陽一さん(東京大学教員)が語る
――いまこそ憲法と教育基本法の改悪をとめよう!

2004年11月1日(日)  東京都中野区勤労福祉会館 大会議室

《主催》憲法擁護・非核平和を進める中野区民の会
    改憲とあらゆる戦争法に反対する市民ネットワーク21

プログラム
主催者開会あいさつ  相原 龍彦さん(憲法擁護・非核平和を進める中野区民の会)
朗 読   「2004年秋・地球  ドアをあけて」 すずき しんさん         
講 演  小森 陽一さん(東京大学教員)
フリートーク

※以下はつどいにおいての全発言を記載したものです。<1>          < 1    >

主催者開会あいさつ
憲法改悪・自衛隊派兵をとめるために、大いに学び・闘おう!
     ――相原龍彦さん
(憲法擁護・非核平和を進める中野区民の会)

相原)
憲法問題と教育問題、いま本当に日本をひっくり返すような騒ぎになっています。私は憲法が制定された時に、すばらしい憲法だと思いました。そして、伊達判決で自衛隊は違憲だという判決が出た時にはうれしく思いました。

 ところが、「周辺事態法」や有事法制など、日本はなし崩し的に戦争の道を進んで来ており、昨年はイラクにまで自衛隊が派兵され、どんなに拡大解釈しても憲法違反だということが明らかです。そして、今度は憲法を「改正」するんだと、こんななやり方があるでしょうか。

 もしも憲法に問題があるのなら、自衛隊を創設前のかたちに戻して、お互いに議論するなら分かります。しかし、自衛隊が海外に派兵までされている。かたや「日の丸・君が代」が問題になっています。学校の現場は、先生方は本当に大変ですよね。政府は、「愛国心」を植えつける、日本が戦争への道を歩むことに反対しない人をたくさんつくるために夢中になっています。特に、小泉内閣になってから本当にひどい道を歩き続けていると実感しています。

 また、この中野区では、区の掲示板に「憲法をくらしに生かそう」と書かれています。それがだんだん薄れてきています。以前は区役所にも横断幕が出ていましたが、それもなくなってきました。これは危ないと思っています。

 私どもは、平和憲法を持ち、広島と長崎に原爆を落とされた唯一の被爆国として、全世界に平和を訴える責任があります。それを政府は、全然やらないどころか、戦争への道に走っています。こんな馬鹿げたことがあっていいか、と思いますが、私たち国民の側にも、戦争が終ってやれやれ平和が戻ってきて良かったと安心していた、あるいは平和憲法があるから、非核三原則があるから大丈夫だろうと安心していたところもあったと思います。

 自民党や公明党、民主党による改憲の動きがある中で、いよいよ今年から来年にかけてが正念場です。自衛隊のイラク派兵反対を身近な人に訴えますと、「いまさらイラクのことを言ったって、もう行っているのだから仕方ないのじゃないか」と言う人もいます。まだまだ私たちの運動が足りないのだ、闘いが足りないのだとひしひしと感じています。
 今日は小森先生のお話を聞いて大いに学び、そして闘い、闘っては学び、闘っては学び、勝利するまでみなさんと一緒に闘う、そういう決意で頑張りましょう。(拍手)


朗  読

2004年秋・地球
 ドアをあけて


すずき しん


かあさん
わたしはドアをあけて 出ていく
見ていてね かあさん

お前は眼が不自由だから
見たくないものも見なくてすむ
お前は眼が不自由だから
いやなものは見なくていい

でも
いつか戦争が終って
しずかな時がきて
ヨーロッパはいやだろうから
東の日本に行けば
すっかりよくなると
大学の眼の先生がいっていたから
それまで
よく見えなくてもいい
外は あんまりだから
かあさんのわたしへの
朝のあいさつがわりだったね

一昨日
せんたくものをとりこみにいった
十四才の女の子と その弟とが
次々と 射殺された
怒っていた かあさん
こどもはすぐに大人になって
戦士になるから
殺すといったという
こちら側では
だから どんどんこどもを生むのだ
などという
ふるえる声で怒っていたね かあさん
おまえは
眼が不自由だから
戦士にならないし
見えにくいくらいがいい
けれども かあさん
わたしは見たいし 知りたいの
どうしたら 戦争がなくなるのか
どうして 戦争なんてするのか
でね 昼すぎ
すごいことをみつけた
指先で
その日本のことを知ろうとしていたとき
みつけた
だから かあさんに
まず かあさんにつたえたかったのに
ちょっと待ってて
せんたく物をとりこんでくる
まさか
わたしが ねらわれることはないから
出ていって
屋上に出ていって
もう
5時間以上も
帰ってこない かあさん
静かすぎて こわい
返事してよ かあさん
なま返事でいいから かあさん

大きな声で言うよ
日本という国は
戦争をしてはいけないと
国で決めているんだって
外国と
戦争をしない 国なんだって
わたしにとって
すばらしい 希望をみつけたのに
かあさんが もどって来ない
屋上には
絶対に あがってはいけない
なにが おこっても
かあさんのことばには
したがってきた
いつもいつも
かあさんのことばは 正しかったものね
静かすぎた時が
流れていくだけだから
もしも こんな時がきたら
外に 歩きだせ
いっていたね かあさん

勇気をもって と
いっていたね かあさん
いまは それに
希望が ある
日本のようなきまりを
この国につくること
いつか世界中につくること

かあさん
わたしはドアをあけて 出ていく
みまもっていてね かあさん
いつかきっと
希望の国に行きつくために
出ていくよ
かあさん
みていてね どこかで

ドアをあけた外は
わたしにとって
あるいは
だれにとっても闇であるのだろうけれど
希望よ
希望よ
わたしはドアをあけた
戦争のない
地球をめざして
外へ

講  演

なぜ、憲法と教育基本法を変えることに反対か
――小森陽一
さん(東京大学教員)

小森)
こんばんは。非常に残念なことですが、香田証生さんが日本時間の本日未明遺体で発見され、本人であることが確認されました。
ご賛同いただければ、黙祷をささげたいと思います。(会場全体で黙祷)

 香田さん殺害という今回の事態は許すわけにいかない犯罪です。
しかし、原因と結果の正確な関係をたどっていけば、香田さんという日本国籍を持つ青年がイラクで拉致され、そしてイラクからの自衛隊の撤兵を求めるかたちで人質として捕らえられ、それが実現されなければ首を切って殺すという、このような事態が起こる根本原因は、小泉政権によって自衛隊がイラクに派兵されたことにあることは明らかだと思います。
小泉首相は台風の被災地に行ってテレビカメラに振りむきざまに、「自衛隊の撤兵はありえない。テロに屈しない」と言ってしまいました。このことが、香田さんの殺害時期を早める大きな理由になったことは、疑いようのないことだと思います。小泉政権による自衛隊のイラク派兵によって、日本国籍を持つ者すべてがアメリカに追従しているとみなされ命の危険にさらされている、人質としては初めての犠牲者が、今日生みだされてしまったわけです。

 香田さんの遺体に星条旗がかけられていたとの報道がありますが、このことは、日本がアメリカの無法な戦争に追従し、十二月十四日に期限切れが来る自衛隊の派兵を延長しようとしている、そのことのために、すべての日本国籍を持つ者が攻撃の対象になっている、そうした戦争状態に私たちがいま小泉政権によってひきこまれているということ、これが、いま私たちが日々生きている現実なのだということを、まずはおさえておきたいと思います。

自衛隊のイラク派兵がサマーワの治安を悪化
小森)
小泉政権によるイラクへの自衛隊派兵は憲法違反であり、そして自衛隊法にも違反し、さらにはイラク特措法にも違反しているということが、日々明らかになっています。 八月以降、サマーワの自衛隊は引きこもり状態です。すでに昨日(10月31日)も、自衛隊の宿営地に迫撃砲が着弾したという情報が入っていますが、最もイラクで安全であったサマーワという地域が、自衛隊が派遣されたために、日々武力攻撃が起きている、そのような治安が悪化した地域になってしまいました。
自衛隊のホームページによると、サマーワの自衛隊は、八月以降、一切外には出ていません。もちろん、自衛隊が「人道復興支援」といっている水をきれいにする活動は宿営地の内部でできますから、宿営地内部に閉じこもって水をきれいにし、それを外に運び出しているのはイラクの運搬業者の人たちなわけです。もはや外には出られない状態になっています。それほど、自衛隊のイラク派兵が、サマーワの治安を悪化させてしまったということです。

九条をなきものにするための自衛隊のイラク派兵

小森)
現在の自衛隊は重装備で派遣されています。しかし自衛隊員に認められている武器の使用は、正当防衛の際のみです。それでは、イラクに派遣されている自衛隊員に正当防衛権は、果たしてあるのでしょうか。

 イラクはいま、米英軍を中心とした外国の軍隊による攻撃に、毎日さらされているような地域ですから、国際法上イラクの人々には抵抗権が認められています。日本のマスメディアは、イラクで何らかの武力衝突が起こると「テロ」という言い方をしますが、これは間違っています。イラク人による他国の軍事勢力にたいする抵抗は、これは正当な抵抗権として認められているレジスタンスです。したがって、もしイラクの人たちが他国の軍事勢力にたいする抵抗として自衛隊にたいして何らかの攻撃をして、それに自衛隊が応戦した瞬間、憲法第九条の第一項と第二項が同時に葬り去られるということになります。

 憲法第九条第一項は、「日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」とあります。
いま述べました「自衛隊の応戦」は、結果的に、国際紛争の場で武力を行使するということになるわけですが、第一項が葬り去られる。と同時に、他国では明らかに武装勢力としての自衛隊が、武力を行使するわけですから、第九条の二項で「保持しない」と明記されている交戦権、これが国際法上は行使されたと見なされてもしかたのない状態になるわけです。

九条改悪のための人身御供にされている自衛隊員
小森)
では、一体何のために自衛隊はサマーワに派遣されているのか。いままで自衛隊の護衛を担っていたオランダ軍は、まもなく撤兵する予定です。オランダ軍の兵士はすでに殺害されています。テレビ報道などでオランダ軍の兵士と自衛隊員が一緒に映った時、私たちはとても奇妙な印象を抱かざるを得ません。オランダ軍の兵士の軍服はベージュの無地です。これは当然です。イラクのサマーワは砂漠ですから目立たないようにするにはベージュの無地が一番いいわけです。
ところが、日本の自衛隊はなぜあんな格好をしているのでしょうか。

ベトナム戦争の時のジャングルで身を隠すための茶色と黒と緑の迷彩服に身を固めている。砂漠では目立ってしかたがない格好です。あの格好は、攻撃を誘発する、そのために着続けられていると思うしかありません。軍事的には、意味がないことをやっているわけですから…。
しかも、撃ってくれと言わんばかりに、背中には「日の丸」の旗が、赤い所を射抜けば心臓に命中するような、そういう位置に置かれているわけです。
つまりこれは、いまアメリカが日本に迫っている憲法第九条の改悪を、イラクにも派兵したからしかたがないではないかとすすめる、さらに、一日も早く自衛隊員に犠牲がでれば、一気に世論が憲法九条改悪に向けて加速する、そうした狙いの中でおこなわれている。つまり、自衛隊員たちの命は憲法第九条を改悪するための人身御供として、ブッシュ政権と小泉政権によってイラクで日々命を危険にさらさせられているということになると思います。

何のための九条改悪か
小森)
ここで、改めて、ここ数年間、日本を「戦争をする国」にするための一連の法律の制定をふりかえってみたいと思います。

 まず、1999年の国会で「周辺事態法」が通されました。「周辺事態法」は、アメリカ軍が世界のどこかで戦争を行なった場合に、日本の自衛隊が、日米安全保障条約という二国間軍事同盟にもとづいてその後方支援をするという法律です。つまり、世界中の米軍の戦闘行為に日本の自衛隊が巻き込まれていく、ただそのときに限定付けられたのは「後方支援」だったのです。「後方支援」というと平和的な感じがします。
しかし、2003年3月から始まったイラク攻撃の前段階で、米軍と英軍はイラク南部のバスラからイラク国内に侵攻しましたが、バグダッドという最前線で戦闘を行なうためには500キロの砂嵐の道を常に戦車と装甲車とトラックの列をつくり、前線に人員を送り、武器・弾薬を送り、そして食糧・水を送り、同時に逃げ道を確保しておく。
これは、近代戦争にとって不可欠な兵站という任務なのです。 日本の自衛隊は、「周辺事態法」によって米軍の兵站を担うという役割を担わされたのです。
そして、2001年に通された「テロ対策特措法」にもとづいて日本の海上自衛隊はその年から、アフガン攻撃のためにインド洋に出ているアメリカ軍・イギリス軍の艦船に日本の国民の税金を使って燃料を補給し続けているわけです。すでに二〇〇億円近い税金が燃料代に使われています。日本の海上自衛隊はアメリカ軍の無料ガソリンスタンド化しているのです。

 しかし、2001年の時に、なぜ海上自衛隊しか動けなかったのかというと、有事法制がなかったからです。燃料の積み込みは港に船を接岸して入れれば良い、つまり海上自衛隊は日本の国土の上を軍事的な目的で動くということではないからです。「周辺事態法」にはそのような「限界」があったのです。だからこそ、二〇〇〇年にアーミテージ米国務副長官が、「アーミテージ報告」を出しました。「アーミテージ報告」の主要な中身は、日本がヨーロッパでイギリスが果たしているのと同じように、いつでも二国間軍事同盟にもとづいて集団的自衛権を行使できる国になってもらいたいという中身でした。二〇〇〇年にこの「報告」が出た時点で私は、一体何が中心的な狙いなのかということについての認識を十分に持っていなかったように思います。

 しかし、2003年3月20日から始まったアメリカとイギリスによるイラク攻撃、そしてそのことを国連でいまどう議論されているのか、国連総会の直前にアナン国連事務総長は、イギリスとアメリカで行われた調査団の報告、つまりアメリカとイギリスがイラク攻撃の理由とした大量破壊兵器がイラクに存在しているのかどうかということをめぐって、それが存在しないという結果が出ることを睨みながら、アメリカとイギリスによるイラク攻撃は国際法違反であると判断せざるをえない、という演説をしました。ここに、これからお話しする、何のための憲法第九条改悪かということに関わる大事な問題が潜んでいるように思います。

「個別的自衛権は行使できるが集団的自衛権は行使できない」が、歴代自民党政権の憲法解釈

小森)
よく日本国憲法第九条は、極めて特殊な、日本だけが軍隊を持たない、戦争をしないといっている、「普通の国」ではない、異常な国だと言われるわけですが、しかし、先ほどご紹介した憲法第九条の第一項の後半部、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する。」――この文言は、国連に入っているすべての国々が一致して守っている条件なのです。
つまり、国際紛争を解決する手段として、先制攻撃をしてはならない、先制攻撃はいかなる意味においても国際法違反なのです。
武力の行使が国際法上認められているのは、国連憲章第五十一条に書かれている個別的自衛権ならびに集団的自衛権の行使に限ってなのです。相手から攻撃された時に、自分たちを守るためにいたしかたなく武力を使うということだけが認められているのが、現在の国連憲章なのです。
ですから、日本とコスタリカ以外の国々では、相手から攻撃をかけられた時にこちら側が武力を行使する際、それは軍隊が武力を行使することですから国家主権の発動としての戦争がそこで発生するわけです。

日本の憲法第九条が違うところは、その前のところで「国権の発動たる戦争」と言っていますから、これも放棄しているのです。
これと、第二項の「前項の目的を達するために、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」が連動しているのです。
したがって、日本の自衛隊というのは、もちろん私は自衛隊は違憲という立場ですが、それをいまはおいといて、歴代の自民党内閣の解釈としては、自衛隊は個別的自衛権しか持っていない、これが「専守防衛」と言われてきたことの中身です。これが歴代自民党内閣の、自衛隊や防衛庁ができて以降の、いわば公式見解です。つまり日本の自衛隊は軍隊ではないから、個別的自衛権は持つが集団的自衛権は行使できない、これが現在の内閣法制局も含めた公式見解なのです。

「戦力保持」と「集団的自衛権行使」の明記――自民党改憲案の中心課題
小森)
今年の六月に、自民党が出した憲法改正プロジェクトチームの『論点整理(案)』の「安全保障」のところを見ていただければ、いま私が問題にしたところを変えようとしていることがはっきりと分かります。
「安全保障 1共通認識 次の点については、大多数の同意が得られた。 自衛のための戦力の保持を明記すること。」 ――つまり、自衛隊を軍隊だというふうにすることが一点目です。
その次に位置しているのが、「個別的・集団的自衛権の行使に関する規定を盛り込むべきである。」――この二つが、中心的な課題であり、2004年7月22日にアーミテージ米国務副長官が中川自民党国対委員長に、日米安全保障条約という二国間軍事同盟にとって憲法第九条は邪魔だと言いました。

しかし、これにはあからさまな内政干渉だという声があがり、さすがにアーミテージも撤回せざるを得ませんでしたが、8月12日には、パウエル米国務長官が言い方を変えて、小泉首相が国連安保理常任理事国入りをしたいという演説をするということを前提にして、国連常任理事国に入りたければ九条を再検討しろと、九条改悪を迫ってきたのです。これは、実はアメリカとイギリスがイラク戦争を始めた際に掲げた看板と深く関わっています。
先ほども申し上げたように現在の国連憲章では、いかなる意味においても先制攻撃は国際法違反です。国連によって軍事的・経済的制裁を受けなければならないわけです。湾岸戦争のとき、イラクはクウェートに先制攻撃をかけたのですから、その結果としてイラクは国連から軍事的・経済的な制裁をずっと受け続けてきたのです。私たちから見れば、アメリカとイギリスによる2003年3月20日からのイラク攻撃は明らかに先制攻撃です。

しかしそれがなぜ先制攻撃とは認定されずに、ようやく一年たって、「大量破壊兵器がある」というアメリカとイギリス政府の当初の発言は明らかに情報操作であり、大量破壊兵器がないということがはっきりした段階で、アナン国連事務総長があれは国際法違反の戦争だったと、ようやく言い始めたのです。
ここにからくりがあるわけです。そのからくりが、二国間軍事同盟にもとづく集団的自衛権の行使というところにあるわけです。

二国間軍事同盟にもとづく集団的自衛権行使を口実に正当化されるアメリカの戦争

小森)
地球儀を頭の中に思い浮かべていただきたいと思うのですが、日本の裏側がアメリカ大陸です。 アメリカ合衆国は北アメリカ大陸に位置しています。
アメリカの東海岸から大西洋を渡るとヨーロッパです。ヨーロッパの北西の端っこに、大陸から離れてイギリスという島国があります。ドーバー海峡を渡るとフランスです。南に下がっていくと、スペイン・ポルトガルという南欧があって、そのまま南下するとアフリカ大陸に行き、アフリカ大陸の北部からアジアよりにイラクをはじめとする、いわゆる中東といわれる地域があります。
そして真ん中の地域は、内乱で少年兵が使われているような混乱した地域があり、一番南端が、二〇紀の最後まで人種差別政策がとられていた、そしてマンデラによって解放された南アフリカ共和国が位置しています。 思い浮かびましたか?
 
もう一度アメリカに移ります。アメリカの西海岸から太平洋を渡るとハワイを経て日本という島国があります。
大陸に移っていくには、朝鮮半島があり、その北側に中国があり、その上がロシアのシベリアです。
南に行けばベトナム、ラオス、カンボジアがあり、さらに西にいけばインドがあり、その間にインドネシアその他の島国が点在していていわゆる東南アジアが位置しています。そこを抜けるとインド洋ですね。アフガン攻撃のために使われたインド洋です。

 3月20日まで国連の査察団が徹底してイラクを査察していたのですから、イラクには国連常任理事国であるアメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国がもっているような太平洋や大西洋を越えて別な大陸に攻撃を仕掛けることが出来るような大陸間弾道ミサイルは存在しないということは世界中にはっきりしていました。
イラクにあったのは通常ミサイルです。この通常ミサイルの弾頭に、生物兵器や化学兵器を搭載して撃ち込むとこれは大量破壊兵器になるのです。
これがあったかどうかが査察されていたのです。
では、アメリカはイラクから攻撃されるということを理由に自衛権を発動できるでしょうか? 出来ませんね。アメリカ一国では出来ないのです。
しかし、イギリスはかつてイラクを植民地にしていた宗主国です。ブレア首相の嘘で一番問題になったのは、イラクが45分以内にイギリスを大量破壊兵器で攻撃する能力を持っているという発言です。これが嘘だったということが最大の問題になりました。ここにからくりがあるわけです。

 アメリカ一国では、たとえアメリカの単独行動主義といっても先制攻撃以外の攻撃はかけられないのです。
ですから、アメリカとイギリスとの二国間の軍事同盟にもとづいて、イギリスがイラクから大量破壊兵器で攻撃されることが予測される事態であるとして、集団的自衛権を発動する、こういう口実をつくってイラク攻撃を行なったわけです。
その大量破壊兵器がなかったということがはっきりしたから、それは先制攻撃だという話になっているのです。
アメリカは、世界で第一位の、世界の軍事費の44%を使っている大軍事大国です。二位から十五位までを合わせてもこれに及びません。
イギリスは世界で第三位です。一位と三位が合わさればこれは無敵です。これでヨーロッパは制圧できます。

南にずらせば、アメリカとイスラエルの二国間軍事同盟です。イスラエルが出来たのは1948年です。
アメリカとイスラエルの二国間軍事同盟にもとづいてどれだけの戦火が中東地域で燃えさかっていたか。そして中東戦争が終るかと思われた1979年、それまでアメリカとイギリスの石油多国籍企業の言うことを聞いていたイランのパーレビ政権が崩壊し、ホメイニ師が戻ってきて、たとえアメリカとイギリスの石油会社が掘削して油田開発したとしても、そのエネルギーが国土の下にあるのだから管理は自分たちでやるというイスラム革命をおこなって、アメリカの言うことをきかなくなりました。それ以降、アメリカはイランの隣のイラクのフセイン政権を全面的に軍事的にバックアップして、何次にもわたってイラク・イラン戦争が八〇年代に行なわれ続けてきたのです。

 つい先だっても、パレスチナの人々にたいするイスラエル軍の攻撃は、明らかに大量殺戮であり、先制攻撃以外のなにものでもないと、アルジェリアが国連の安保理事会でイスラエルに制裁を与える決議案を提出しました。15カ国中11カ国が賛成したにもかかわらず、アメリカ一国の拒否権の発動でイスラエルにたいする制裁決議は葬られました。
いまのブッシュ政権の中枢を担っている戦争推進勢力、ネオ・コンサーバティブ=新保守主義者と呼ばれている人たちの基本的な考え方は、イスラエルの安全を守るためであれば、イスラエル周辺のアラブイスラム国家を、アメリカ型の民主主義国家につくりかえる、そのためには武力行使も辞さない、これがネオ・コンの「新ドミノ倒し」理論です。その最初の突破口がイラクだったのです。
イランで戦争を起こさないようにするために、アメリカとイギリスが入っているNATOに加盟しているいくつかの国が、イランの核兵器問題を巡って、アメリカの軍事攻撃をさせないために介入しています。そうでなければイランにたいする攻撃も、いまのアメリカとイギリスの二国間軍事同盟、アメリカとイスラエルの二国間軍事同盟のもとで行なわれてしまう可能性があるのです。
もちろん、ブッシュ政権を全面的にバックアップしているキリスト教原理主義者の教義の一番の要は、自分たちキリスト教徒の国に千年王国が来るためには、ユダヤの民に国家を与えなければいけないというふうに聖書に書いているからイスラエルは死守するということなのです。

 もう一度、世界地図全体を頭に描いてください。
イラク戦争の際、アメリカは必ずしもイラクの石油を長期的に狙っているわけではないということが議論されました。
ラムズフェルド米国防長官は、元ロッキード・マーティン社のシンクタンクの理事長をしていた人ですから、彼がまず儲かるために戦争をする、壊した後はチェイニー副大統領のハリバートン社という石油複合企業体が八十億ドルで「復興」を受注する。ですからブッシュ政権の個別的利害関係はイラクにあったのですが、長期的な戦略はそうではありません。
それは、イラク戦争の前にアフガン戦争が行なわれたということを考えていただければ、はっきり分かることです。

「9・11」の報復のためにアフガニスタンにオサマ・ビンラディンがいるということを口実にして攻撃を始めて、結局ビンラディンが見つからないままにきていますが、何のためのアフガン攻撃だったのか。
アメリカの長期的な戦略というのは、かつてソ連に属していたカスピ海南沿岸に、まだ埋蔵量も確かめられていない大量の石油と天然ガスがあるのです。
この地域は、山岳地帯ですから石油トレーラーで運び出していたらコストがかかってしまいます。だから、一気にパイプラインでアフガニスタンからパキスタンを通ってインド洋まで持ってくれば、これからエネルギーを多く使うであろう中国や東南アジアや日本も含めて、アジア地域に安く石油を持ってくることが出来るのです。
いまカスピ海沿岸の国々は、ロシアから離脱してアメリカとそれぞれ軍事同盟を結んでアメリカ軍の基地もあるわけです。ここをアメリカはおさえたいのです。
だから先日「民主的な選挙」をして当選したと言われているカルザイ氏は、あの人は何者かというと、アメリカとアルゼンチンの石油複合企業体がアフガニスタンのパイプラインの権利を争ったのですが、アメリカのユノカル社という企業がこれをとったのです。そのユノカル社の最高経営顧問だったのがカルザイ氏です。

九条改悪は、ユーラシア大陸を東側からおさえる拠点に日本をするため
小森)
そのように考えてみれば、いま長期的にアメリカがどこを押さえたいのかというのが見えてくると思います。
ユーラシア大陸の西側は、アメリカとイギリス、アメリカとイスラエルの二国間軍事同盟にもとづいて20世紀の後半は戦火が絶えず、そして21世紀の現在も泥沼のイラク戦争が行なわれているのです。
ブッシュ政権は、アフガン攻撃の後の一般教書演説で「悪の枢軸」としてイラク・イラン・北朝鮮の三国を名指ししました。「枢軸」というのは、国際連盟がパリ不戦条約を結んだにもかかわらず、そこから離脱して第二次世界大戦の発端をつくった日本・ドイツ・イタリアがかつては「枢軸国」と言われていました。
「枢軸国」を倒した正義の戦争としての第二次世界大戦の記憶を呼び覚ますためにブッシュは、「悪の枢軸」と言う言葉を使ってイラク、イラン、北朝鮮を名指ししたのです。イラクとイランのある地域はまさに戦火が絶えない状態になっています。

しかし、同じ「悪の枢軸」と名指しされている北朝鮮がある地域はどうでしょうか。
アメリカがベトナムから撤退した後、その事後処理でいろいろと問題がありましたが、少なくとも八〇年代以降はずっと戦争をせずにきています。北朝鮮問題に関しては、いまもロシア、中国、韓国、そして日本が入り、北朝鮮とアメリカを含めた六カ国協議で処理しようとしています。
つまり、ユーラシア大陸の東側は、21世紀の現在においても平和的な外交交渉で国際紛争が解決されようとしているのです。
これを支えているものは何か。それは日本が憲法第九条を持っているからです。
憲法第九条はよく理想的だとか、夢に過ぎないとか言われますが、現に21世紀のいまのこの時点において戦争を抑止する現実的な力を日々発揮し続けているわけです。北朝鮮は、アメリカを直接攻撃することはできません。ノドンやテポドンがあったとしても飛んでくるのは日本までです。

先ほど申し上げた「武力攻撃が予測される事態」というのは、2003年の有事法制の最初の三法の中心、武力攻撃事態法が国会で議論された時の最大のキーワードでした。これがアメリカの狙いなのです。
日本が攻撃されることが予測される事態だと判断して、日本の自衛隊が軍隊になれば、集団的自衛権を行使するというかたちでユーラシア大陸の東側にアメリカが武力攻撃をしかけられる口実ができるのです。
ここがポイントです。
アメリカは、カスピ海沿岸の石油エネルギーを確保し、世界の富をこれからも吸い尽くそうとしています。カスピ海というのは、ユーラシア大陸のど真ん中です。
ここに、わざわざアメリカ大陸から軍隊がでていくとなるでしょうか?  それではコストがかかるし、時間もかかります。
そこで、ユーラシア大陸は西側は、イギリス・中東からおさえる。そして、東側は日本からおさえる。韓国が北朝鮮敵視をやめて金大中以後「太陽政策」をとり、アメリカの思い通りにならなくなったから、拠点を日本に移そうとしているのです。

 アメリカは、北朝鮮には何も利害関係がありません。北朝鮮問題というのは、日本におけるナショナリズムを煽るために、小泉首相がいったん和平交渉を始めようとしたのにストップをかけてアメリカが核兵器問題で圧力をかけ始めてでてきた問題です。
アメリカの狙いは、中国とロシアをおさえることです。 そのために日本が一番いい位置にある。
それでいま、米軍の「再編成」と言いながらアメリカ大陸のワシントン州にあるアメリカ軍の陸軍第一師団の司令部を神奈川県の座間市に置くといっているのです。沖縄の基地再編もそうした戦略の一環です。
ですから、日本の安全なんか一切関係ない。つまり、アメリカが世界を食い尽くす戦略のために、ユーラシア大陸をおさえるために日本を利用する、そこに追従していくなかで、日本における憲法第九条の改悪が加速させられているということなのです。
ここに、いま私たちが直面している事態の一番根本的な問題があるわけです。

憲法改悪と一体の「心(こころ)攻撃」
小森)
このことを前提にして、次の問題に入りたいと思います。
いま多くの人々が小泉政権がやっていることは徹底したアメリカ追従で、もう日本はアメリカの51番目の州になっているという話さえでてきています。
自衛隊の多国籍軍参加についても、多国籍軍というと国連がやっているかのように聞こえますが、一番大量に軍隊を派遣しているところの軍隊が指揮権を持つわけですから、これは自衛隊を米軍の指揮下に入れるということなのです。

 しかし、憲法第九条を変えるためには最終的には国民投票にかけなければなりません。
現在の国会の勢力で言えば、88%が改憲派ですからいつでも発議はできますが、国民投票をするためには一発勝負です。
『読売新聞』がいろいろ世論操作をしても、結果として過半数の人々は第九条は守って日本は平和国家として維持し続けるべきだという考えを持っています。
改憲が過半数を超えたとかいいますが、改憲派には天皇条項をなくせという人まで入っています。ですからこれは、様々な前提条件をつくっていかなければいけない。一発勝負に勝利するためにはその前提をつくらなければならない。ここに国民の平和国家であるべきだということを願い続ける意識や心に徹底した攻撃をかけることが狙われているのです。
ですから、1999年の「周辺事態法」が通った同じ国会で「日の丸・君が代」が法制化されたことは偶然ではありません。
また、同じ国会でいわゆる教育三法が改悪され、学習指導要領通りに指導できない教員は研修所送りにし、それでもだめだったらクビにする、この法律が「日の丸・君が代」に服従しない教員の方々にたいして徹底して使われてきたことも偶然ではないのです。

 「日の丸・君が代」が法制化され、あからさまに強制というかたちがとられていくようになったのはなぜなのか。
その根本は、「日の丸・君が代」が法制化された瞬間に、この国の主権者である私たち一人一人の個人と国家の関係が極めて明らかになってしまったのです。
「日の丸・君が代」法制化後、野中広務・自民党幹事長(当時)は、はっきりと、起立するかしないか歌うか歌わないかは個人の内心の自由に任されるという旨の発言をしました。これが政府の公式見解でした。ですから、2000年3月の卒業式では、多くの学校で司会の先生が、「国歌斉唱」と言った後に、前年さまざまな法律が通ってしまった悔しさも含めて「起立するかしないか、歌うか歌わないかは、みなさんの内心の自由の問題です」と言ったのです。
しかし、この発言を文部科学省は恐れたのですし、都道府県教育委員会はこの発言をさせてはならないと、四月の入学式では、司会をだいたい教頭が務めて、「これから入学式を始めます。起立。国歌斉唱。」となだれ込み式にしていったのです。
何がそんなに問題だったのか。

「起立するか起立しないか、歌うか歌わないかは、みなさんの内心の自由の問題です」という言葉は、たとえ立法の最高府である国会で「日の丸」が国旗、「君が代」が国歌と決まったとしても、その旗や歌にたいして一人一人の主権者である教師や生徒、そして保護者がどのような態度をとるかは、憲法第十九条で保障されている「思想・良心の自由」にもとづいて、まったく自由だということなのです。
つまり、主権者としての人権というものがどれだけ国家の法律に比べて大きな力を持っているのか、そのことが司会者の一言で明らかになってしまったために、それを徹底して潰していくというなかで、「日の丸・君が代」の強制が東京や広島という重点区を定めておこなわれていったのです。

国旗・国歌の強制は、新しいかたちの「愛国心」の植え付け
小森)
では、なぜ国旗と国歌なのか。それは、現在の日本においてすでに昭和天皇は死んでしまったわけです。現在の天皇は、ヒロヒトのような「カリスマ性」を持っていません。したがって、「教育勅語」を支えていた天皇制的な心情でそのまま国民を動員することは不可能である。むしろアメリカ型でいくというのが国旗・国歌法です。
 アメリカのように、さまざまな出身地の移民から国家がつくられても、子どもの時から国旗と国歌にたいする刷り込みを行なっていけば、国家のために命を投げ出す人間をつくれる、この教訓を日本でもおこなっていくということが一つの中心だったのです。
アメリカの学校では、幼稚園の年長からウィークデーの朝八時から八時十五分までは国旗にたいして忠誠を誓う時間として、三十一語で成り立っている星条旗にたいする忠誠の言葉を心臓に手を当てて言わされます。これをずっと繰り返されていって、いわば条件反射的にさせられていく。ここに新しいかたちでの日本における「愛国心」の植え付けということの狙いがあるのです。

 「愛国心」は、決して自然に人々の心に宿るものではありません。 そもそも、「愛国心」なるものがつくりだされたのは近代国民国家が成立して以降です。
近代国民国家が成立する前は、戦争を担う者たちというのは人口の数%だったのです。
日本における戦争のプロというのは武士階級でした。武士階級は人口の五%でした。江戸時代が始まる前の日本で最後の大内乱として、関が原の戦いというのがありますが、いま関が原に行っても誰も住んでいません。生産ができるような場所ではありません。
しかしそのようなところに集まって東軍と西軍が戦争を始めて、勝ち負けがはっきりしてきたらだいたいそこで止めるというのがかつての戦争だったのです。
歴史の本をひも解けば、戦争はずっと昔からやり続けているのですが、近代以前の戦争というのはそういう類の、ごく少数の人しか参加しない戦争だったのです。戦争の担い手も人口の数%くらいで、その人たちも血筋として人殺しといいますか、ヨーロッパでいうと貴族と傭兵なのです。しかし、身分制度をなくす近代市民革命が行われた後、だったら軍隊も国民皆兵制にしなければいけないとなったのです。

 日本の場合は、武士階級は藩の殿様にしか忠誠を誓っていませんから武士階級はそのまま国家の軍事力、つまり天皇親政の中央集権国家の軍事力にならないから武士を全部リストラして、あらためて農民や町人を徴兵制で徴兵してこれを鍛えあげるという軍隊をつくらなければならなかったのです。 そのためには、いままで一度も国家にたいして忠誠を誓ったことのないような人たちにそういう心を植えつけなければならない。
その手段となったのが「教育勅語」です。
「教育勅語」は「朕惟フニ我カ皇祖皇宗国ヲ」から始まりますが、その後に徳目が並んできます。
つまり、天照大神から今上天皇まで続く天皇家の万世一系の徳目を国民が自分の心に入れなさいという〃心(こころ)攻撃〃が「教育勅語」の前半です。
そして、後半は、「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」、つまり「一旦緩急」すなわち戦争になったら、「義勇」すなわち国民の命を、「公」すなわち国体としての天皇に捧げなさいという戦争動員教育です。つまり、〃心攻撃〃と〃戦争動員〃とはセットになって教育勅語体制というのがつくられている。

この「教育勅語」は、敗戦後、新しい憲法が制定されても残されようとしました。
新憲法の草案が国会で可決された翌日、当時の文部省は「教育勅語」を残す旨の通達を出しているのです。
もちろん、唯一の教育の方針ではなく、たくさんあるうちの一つという言い方をしてですが、残すつもりでした。そこには、昭和天皇の強い要請があったわけです。
そして、この「教育勅語」がまだ残っている中で教育基本法が1947年3月31日に施行されたのです。

憲法と教育基本法
小森)
「九条の会」の最初の講演会が7月24日におこなわれました。
そのとき、大江健三郎さんは次のようなお話をされました
――教育基本法前文や憲法第九条にある「希求」というのは耳慣れない言葉ですが、法律を書いた人はどうしても「希求」を使いたかったと読み取る必要があります。新しい国家の民主主義と平和主義の秩序をつくりあげることを願っていたその気持ちを持った書き手たちが、同じ気持ちを共有している日本人同胞に向け「希求」という言葉で書いたものだと思います。そして、憲法と教育基本法をあらためて私たちが未来に向けて生きていく日本人として「希求」という言葉をキーワードにしながら守っていきましょう――
と、おっしゃいました。私もいろいろなところで憲法と教育基本法の講演をしていますが、この大江さんの発言には少し「やられた」「悔しい」と思いました。

 憲法第九条の「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し…」ということは、国連憲章で定められた秩序にもとづく国際平和を「誠実に希求」することが戦争放棄と軍事力の不保持につながるということです。そして、同じ「希求」という言葉が教育基本法の前文にも出てくるのです。
「我らは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期する」と書かれています。
「真理と平和を希求する人間」、つまり、憲法第九条をみずからの生き方として生きる人間です。その人間を育成する教育において本当の意味で個人の尊厳を重んじることができる。こういう考え方を教育基本法の前文ははっきりと示しているわけです。
もちろん、ここで言われている「個人の尊厳」というのは、憲法第十三条のことです。
「すべて国民は個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と書かれています。
つまり、憲法第九条を軸にして教育基本法、あるいは憲法第十三条というのが網の目のように一つ一つつながっているのです。

憲法九条によって保障される私たちの主権

小森)
主権というのは他の何者によっても侵されてはならない統治権です。日本とコスタリカ以外の国は、国権の発動としての戦争を放棄する、と憲法で言っていません。
日本は、戦争を放棄すると言っているのです。
いったん政府が戦争をしてしまえば、国民は、その国の国籍を持っている以上、無条件に戦争に巻き込まれてしまいます。他の国で戦闘をやっているときには自分には関係ないと思うかもしれませんが、負けがこんでくれば敵国から徹底した攻撃を受けるわけです。
それが第二次世界大戦末期の日本の各都市における大空襲であり、8月6日に広島、8月9日に長崎に落とされた原爆です。
原爆は、昭和天皇・ヒロヒトが7月26日にポツダム宣言が出ているにもかかわらず、それを受諾しなかったということを理由にアメリカが落としたわけですが、現在においてもなおアメリカは、公式見解としては、原爆を落とさなければ日本は戦争をやめなかったではないか、ということを理由にあの大量殺戮を正当化しています。

 大日本帝国憲法では主権者は唯一天皇ひとりでした。いまの憲法では私たち一人一人が主権者です。
憲法前文にはこう書いています。
「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」
とあります。
つまり、憲法第九条で決めた戦争放棄がなければ、本当の意味で私たちが国の主権者であるということはありえないのです。
ここにいま私たちが多くの人に伝えなければならない日本国憲法の根本思想があると思います。

政府・与党がやろうとしている教育基本法「改正」とは?

小森)
繰り返しになりますが、教育基本法は、憲法第九条ときちんとスクラムを組んだ教育の最高法規なのです。
第一条には、「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」とあります。
 政府・与党が六月十六日に発表した「中間報告」では次のように直すと言っています。
「教育は、人格の完成をめざし、心身ともに健康な国民の育成を目的とする。」です。
 何が抜けているのかはっきりしていますね。

 日本を、アメリカと一緒にいつでも戦争ができる国、集団的自衛権を行使できる国にするためなのですから、その国での教育は「平和的な国家及び社会の形成者」になってもらっては困るということです。
 これからのアメリカの戦争は、世界を食いつぶすための戦争ですから、世界の世論をだまして様々な理由をつけながら戦争をしているから、ブッシュの戦争の不正義を読み取ってしまうようなものになっては困る、「真理と正義を愛し」てもらっては困るということです。

 今年2004年2月25日に、自民党と民主党の議員たちが教育基本法改悪を促進するための超党派の議員連盟をつくりました。
その席上で、西村眞悟・民主党衆議院議員は、「お国のために命を投げ出してもかまわない日本人を生み出す。お国のために命を捧げた人があって、いまここに祖国があるということを子どもたちに教える。これに尽きる。」と述べ、さらに続けて「お国のために命を投げ出すことを厭わない機構、つまり国民の軍隊が明確に意識されなければならない。この中で国民教育が復活していく。」と、言ったのです。
つまり、お国のために命を投げ出す人間を公立学校でつくっていく。だからこそ個人の価値を尊重してもらっては困るということです。

 また、いま日本の大企業は世界の労働力の安いところに出て行って、多国籍企業と称して日本の国家に税金を払わない体制をとっています。日本には若者が働く場がありません。同時に、日本経済を崩壊させたさまざまな金融業の幹部も、そして外務省や警察庁で不祥事を働いた幹部も一切責任をとっていません。
崩壊寸前の金融業界には、一方では国民の税金が投入され、他方では銀行の合併が繰り返されて、もはや自分の預金が一体どの銀行にあったのか分からない状態になっています。そのような日本だからこそ、「勤労と責任」は重んじなくていいわけです。

教育基本法改悪の狙いは、〃お上〃の言うことだけをきく人間の育成
小森)
では、政府は何を言っているのかというと、例えば人質問題が発生する中で、あるいはその前の自衛隊のイラク派兵に抗議した宮崎県の女子高校生にたいして小泉首相は、きちんと政府の方針を教えてほしい、と言いました。つまり、時の政府の方針を正しいこととして教えろ、というわけです。
 先ほど紹介しました西村議員の発言――お国のために命をささげた人があってここに祖国があることを子供たちに教える――は、すべての学校で「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書を使えということを意味します。今年八月二十六日に、東京都の白鴎高校を軸として来年開校される中高一貫校で使用する社会科教科書に、「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書が採択されました。この教科書は、検定を通っていますから、もしその学校で社会科の先生がこの教科書を使いたくない、自主教材でやりますと言った瞬間、それは学習指導要領どおりに教育ができていない教師として、研修所送りにされ、処分されていく。

 そして、「日の丸・君が代」の問題では、今年の周年行事において――これは3月16日の土屋都議の質問をベースにしておこなわれていることですが、生徒が起立しないということは、担任の先生が学習指導要領にもとづいて「日の丸・君が代」の大切さを教えていないことが問題だから先生を処分するということが行われています。今回行われたのは、厳密な意味での「処分」ではなく、「厳重注意」というかたちなのですが、その「厳重注意」の理由は、例えば、ホームルームで教師が生徒に対して、「君が代斉唱」のときに起立しなくてもいいと煽動したというようなことが、生徒にまで調査をおこなって処分が出されているわけです。
 つまり、日本の子どもたちから自主的精神に充ちて自分の頭で考える能力を奪い、〃お上〃の言うことだけを聞く上命下服の人間にしてしまう、これが教育基本法改悪の狙いです。

教育基本法改悪案を国会上程させない力関係を!
小森)
教育基本法の改悪は国会の議決だけで可能です。「改正」賛成の議員が圧倒的多数を占めるいまの国会に、改悪法案を上程させるわけにはいきません。ですから、いま私たちに最も重要なことは、上程させない力関係を、来年の通常国会前に、この秋につくることです。
 みなさんのお手もとにもチラシがありますが、11月6日に、日比谷野外音楽堂で、一人一人の個人が教育基本法を絶対に改悪してはならないという思いを込め、所属する組合や政党、そして、政治信条の違いをのりこえて集まります。ここにお集まりのみなさんも是非、自分のお友だちを一人、二人連れて、いや十人連れてこられる方は大歓迎ですので、ぜひ11・6集会を成功させるためにともに頑張っていきたいと思います。ありがとうございました。(拍手)

 


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