ここに掲載する詩は、作者のご厚意で掲載させていただくことになりました。
     今後も定期的に掲載する予定です。
かあちゃん」   石川 逸子 さん
 

あなたの名をたった今 耳にしたばかり

ファン・キチョル

今も十四歳のままの少年

江原道平康郡の出身とか

生きていれば

今年 七十歳 

ある日

「明朝九時に警察署に来い」といわれ

おずおずと出頭してそのまま 戻ってはこなかった

「脅され なぐられて 貨物列車に乗せられました

真夜中に着いたところは 仁川・芝浦通信機組立工場 でした」

キチョルに慕われた安成得は語る 半世紀後に語る

キチョルより二つ年上 十六歳だった

「二百人の子供たちがそこにいました」

倒れても 泣いても

竹刀でなぐられ

夜明けから深夜まで ただただ働いた

蚊がむらがり 湿った倉庫の宿舎

軍犬より粗末なメシ

一日トラック一台分の土掘り モッコかつぎ 防空壕掘り

「おなかがすいてたまらないよ 兄さん」

キチョルがいう

ひとなつっこい目が土色のなかで小鹿のように輝く

子どもたちは病気にかかりだした

咳こみ 熱が出て 血が混じった痰が出る

キチョルもまた病気になった でも働かねばならない

ある日 宿舎にいるとき

「おいっ、集合だっ、出てこいっ」

にわかに号令がかかった

病気の子たちは出られない

熱の体で一日働いたのだもの もう一ミリも動けない

キチョルもまた出られなかった

日本人監督は倉庫に入っていった

たちまち おそろしい悲鳴と

子どもたちをなぐる音が聞こえてきた

「倉庫にもどってみると 子どもたちは倒れたまま 鼻血を出し 

口々に〃かあちゃん〃と呼んでいました」

キチョルは弱りきり

鼻血を出して

ぶるぶる震えていた

「抱いてやると にいちゃんにいちゃん かあちゃんかあちゃん といいました」

じっと 安はキチョルを抱いていた

じっと その目をみつめていた

突然 キチョルは動かなくなった

目を開いたまま

キチョルは死んでいた

「でも そのことが私にはわかりませんでした」

寝ていたカマスにそのまま包まれ

運ばれていった キチョル

どこへ運ばれていったのか

ファン・キチョルについてわかっているのは

これだけが全てだ

享年十四歳 その名をそっと灯篭に記して流す

――戦後補償実現市民訪朝団発行・「朝鮮民主主義人民共和国の戦争被害と戦後補償」より――


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