ここに掲載する詩は、作者のご厚意で掲載させていただくことになりました。
     今後も定期的に掲載する予定です。
草花の時間」   山本 隆子 さん
 

夕方の公園を横切っている

木陰に若い父親と母親が
からのベビーカーを間にはさんで坐り
顔のすぐそばの芝生に向けられている

ふたりの視線の中には
歩き始めたばかりの女の子がひとり
白い小花のかたまって咲く
高さ五、六十センチほどの草に近づいて
花に顔を寄せては
細い茎に小さな手をちょっと触れる

もしかすると 生まれてはじめて
子どもが花を手折る場面かと

歩きながら私は見ているが
子どもはくり返し花に顔を寄せ
細い茎に手を触れては すぐにはなして
けっして折ろうとはしない
若いふたりはそれに気付いているのか
ほほえんで眺めている

少し風が出て 草花がそよぎ
女の子は敏感に目を細めた

いつだったか遠い昔
私もこんな瞬間があった と思った
両親と私は 長い汽車の旅のあと
大きな建物の見える植え込みのそばで
門から出てくるはずの叔父を待っていた

辺りに草花の香りの漂う午後で
叔父を待ちながら私は歌をうたった
安心しきった小鳥のように
いつまでも歌っていた
でも 夜になるまで待っても
なぜかその日 叔父には会えなかった

それから――と
いくら思いをめぐらして
そのあとの記憶はどうしても暗闇につながる
叔父は戦争へ行き 帰って来なかった

草花と幼い子どもと 心やわらかな人々
いつだって地球のどこにでも
当たりまえに広がる 小さな風景
「暴力」さえなければ
幼い人たちが 花の咲く草むらで
少しの風にさえふわっと目を細めたりする
静かな夕方があるのだ

そのそばを私は歩いていたい


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